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☆ピコ太郎は、ピコ太郎
0

    昨年の12月下旬の、自棄に寒い日が続いた早朝の事だった。

    どこからか飛んできていたのだろう。

    アスファルトの歩道に落ちていたチラシか何かのような紙切れが、

    私の目の前で、一陣の風に呑み込まれて、ふわっと舞い上がった。

    その一瞬の出来事は、首筋を「ブルッ」とさせる悪寒が駆け抜けていったが、

    それだけではなかった。

     

    外的意図が働いた瞬間を観たのだ。

    (外的意図についての詳細は、

    「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン〈2〉魂の快/不快の選択を参照のこと )

     

    風に押されて、紙切れや木の葉が舞うなんて言う事は、珍しいことでも何でもない。

    どこにでも起こり得るありふれた光景だが。

    そのときの私の思いは、少し違っていた。別物として映ったのだ。

    妙な言い方だが、 「風に舞ったあの紙切れは、その瞬間をどう思っただろうか…?」 と

    考えずにはいられなかったのだ。

    さらに、紙切れは、風の力を受けなければ、少し前にあった場所を

    自ら変えることはなかった。

    おそらく、紙切れは紙切れで、今いる場所を変えたいと望んでいたのかもと。

    それが現実化したのだなと。 ある意味、擬人化して考えてもいた。

     

    より大晦日に近づいた日(12月29日)。

    Webのmsnニュースのサイトで、ピコ太郎の記事を観た。

    現時点(2017年1月2日段階)で、その記事は、以下のURLにある。

     

    【NHK紅白】ピコ太郎「人生何があるかわかりません!」
    http://www.rbbtoday.com/article/2016/12/29/148320.html

     

    ピコ太郎については、あれこれ言うつもりはないが。

    彼が、突然にYouTubeなどの動画に現れ、彼の歌う「PPAP」が、

    世界的に超大ブームを巻き起こしたこと、いまだにそれは世界の隅々に、

    さらなるブームを引き起こしつつある。

    そのことに、当然私は、大いなる関心を持った。

     

    ピコ太郎氏、ご本人は、大変に、謙虚な人らしい。

    個人的には知らないので、これ以上、云々することはできない。

    その謙虚さの片鱗が、

    前述の 

    【NHK紅白】ピコ太郎「人生何があるかわかりません!」 の記事だ。

     

    こんな世界的な大ブームを巻き起こすことなど、

    ピコ太郎本人すら想像だにしていなかったに違いない。

    私見をあえて述べさせていただければ、この芸風を、正直、理解できていない。

    面白いとも思わない。それは、私の主観で、どうでもいいことだ。

    その私が、ここで、もっとも興味深く思うのは、

     

    ピコ太郎氏に、外的意図の風が吹いたというところにある。

     

    一大ブームを巻き起こすために、少なくとも、汗水を垂らして、

    苦難に苦難を重ねてというような意味での、努力らしい努力もせずに、

    象徴的に言えば、一夜にして、 世界的に有名になり、彼の芸が、世界を席巻したことだ。

    人生には、こんなことが起こるのだということを、ピコ太郎氏は、見せてくれた。

    昨日(2017年1月1日)、やはりmsnのニュースで、

     

    またピコ太郎氏のニュースが取り上げられていたので、紹介しておきたい。

     

    【紅白】ピコ太郎 紅白ステージ裏でマツコに“抗議”

    (現時点(2017年1月2日段階)で、その記事は、以下のURLにある。)

    http://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20161231114.html

    タイトルを観たとき、

    芸能界によくある先輩、後輩のような縦社会的な、俗っぽい話の延長かと思ったが。

    少し違っていた。

    以下に記事の一部を引用する。

    ***********************************************************

    ピコ太郎が、

    冒頭からNHKホールの各所で寸劇を展開したスペシャルゲスト の

    タモリ&マツコ・デラックスと遭遇した。

    ステージ裏で、テレビカメラが回っていない時間帯に出くわし、

    ピコ太郎とマ ツコが言葉を交わした。会話の内容を聞かれると、

    ピコ太郎は「いつもマツコさ んが、僕のことを古坂さんと呼ぶんですけど、

    それは別人ですと言いました」と ニヤリとしていた。
    ************************************************************

    私が関心を示したのは、

    芸能界にある上下関係的にやかましいというような次元のことではない。

    引用の中のピコ太郎氏の言葉に、私はスゴイ!と思ったのだ。
    ************************************************************

    ピコ太郎は「いつもマツコさんが、僕のことを古坂さんと呼ぶんですけど、

    それは別人ですと言いました」とニヤリとしていた。
    *************************************************************

    の部分だ。

     

    ピコ太郎は、あくまでもピコ太郎なのだ。

     

    この超大ブームを創ったのは、古坂氏ではなく、

     

    ピコ太郎氏なのだ。

     

    そこを、古坂氏は、よく理解している点に、 私自身も「ハッ」とした。

    posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ☆りんごが空に落ちていくことも不思議ではない出来事
    0

      私は日ごろから、注意深く周りを見ている。
      次元の片鱗を見出したいからだ。

      異なる次元を私たちは、絶対に見ることができないものなのだろうか…。
      私は、感じたり、それらしいものが、
      私たちの次元に尻尾の先の先を覗かせることがあるのではと、勝手に思っている。

      ただ私たちには、気づくことがなかなか容易ではないようだ。
      あまりにもリアルな物理的現実に、見事に溶け込んでいるからだろうと思っている。

      私があえてそんなことを書いてみたいと思ったのは、
      やはり、リアリティ・トランサーフィンシリーズの著者
       ヴァジム・ゼランド氏の作品の中の
      「りんごが空に落ちていく」というキーワードの影響によるものだ。

      今朝、ある出来事に遭遇した。
      そして、それは、実は、以前にも、見かけたものだった。
      それは作り話ではない。実際にあった事。

      ある出来事とは、
      共同住宅の廊下を歩いていた時だ。壁伝いの小さなクモに気付いた。
      虫はどの虫も苦手だが、クモにも対しても嫌煙した気持があるが、
      若干、他の虫を見る目と私の中では、異なっている。
      妙な言い方だが、嫌いだが、一目を置いているというあたりが、ニュアンスとして近い。

      そのクモを、何気なく見ていたとき、ちょっとちょっかいを出した。
      近くにあった箒を手に取り、クモの進路を塞いだりして、クモを混乱させたのだ。

      そして、次の瞬間それが起きた。
      垂直に立つ壁を這っているクモが、
      箒で茶化されていることにストレスを
      感じているであろうクモが、
      わずかにジャンプして箒の災いから逃げようとした。

      壁の真ん中あたりで。

      私が、ハッとしたのは、
      何が何でも、ジャンプして逃げようとするクモの懸命なその姿ではない。
      私の関心を引いたのは、物理法則を明らかに無視する現象そのものにあった。
      なぜなら、
      クモは僅かだが、ジャンプした際に、垂直の壁から90度真横に飛び、
      一時、2−3cmほど壁から離れて、
      再び、這いずり回っていた垂直の壁に着地し戻ったのだ。

      そんなことあり得ないじゃないか…。

      そもそも、
      垂直の壁を移動すること自体、大変に負荷の掛ることなのに、
      なぜ、ジャンプして落ちることなく、
      元の壁に吸い寄せられるように着地できるのか。

      もう一度、言いたい。

      そんなこと、あり得ないじゃないか。

      もう一度、それが見たくて、箒で、クモを追い回した。クモには、一切、触れないように。

      クモは相当、ストレスを感じたろう。何度も、壁から落ちた。
      そして、再び、そのチャンスがやってきた。
      ついに、彼はジャンプしたのだ。
      そのジャンプが、あきらかに壁から5cm以上に及んだ時、
      さすがに、物理現象に逆らえなかったらしい。あるいは、エラーだったのか。

      クモは壁から落ちた。
      壁から、落ちても、それ自体は不思議ではない。不思議なのは、
      先ほど、同じ彼がやって見せた瞬間技にある。

      私は、クモのこうした現象を、以前にも見たことがある。

      だけに、今日、それを見たことに、驚いたというより、以前にみた芸当として、
      単に、思い出した。

      恐らく、このことには、科学的な何か説明がつくのかも知れない。
      例えば、
      瞬間にクモが糸を、壁につけて、その粘着で、壁に戻ったとか。だが、
      クモが瞬間に糸を吐いたようには見えなかった。
      ジャンプしたときにも、糸を活用したようには見えなかった。

      私が、このことで言いたいのは、
      科学的な後付けの「なるほど…」というような説明にあるのではない。

      私たちの現象の中には、思いがけないことが起きるということにある。

      ゼランド氏の「りんごが空に落ちていく」というキーワードは、
      そのこと思い出させてくれる切っ掛けの言葉として、
      私は、次元の尻尾を探しているのだ。

       



      posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 17:28 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
      ☆夢見・竜宮での生活に飽きがきた (浦島太郎の夢見世界の続編として)
      0

        以下は、2013.5.28「浦島太郎の夢見世界」のブログからの連載だ。
        このブログの話は、
        浦島太郎のその後となぜ竜宮城だったのかという経緯を私の見た夢の中から、
        分析を加えたものだ。
         

        ―こんな夢を見た。


        思いのほか、美しい女を手に入れて、食うものにもまったく困らず、
        3人の女たちを囲ってしかも快楽に耽けることができた浦島だったが。

        やはり、飽きが来た。外へ出たくなった。

        果たして、何日が過ぎたろう…。
        まるで時間感覚がない。一カ月は、経ったのだろうか…。

        さすが、とびっきりの美人を選んだつもりだったが、そろそろ、違う女たちが欲しくなった。

        「まずい…な」と思いつつ。他の女との新鮮な快楽を想像し、思いつく限りを考えて、
        ひどくニヤついた。

        何せ、ここの女たちは、すべて言うがままなのだから、至れり尽くせりで、尽くしてくれる。
        わがままは、一切、言わない、ただ従うだけだ。

        これまで貧乏暮らしが宿命のように必然だった彼にとっては、
        まったく女なんぞに縁がなかった。
        今までの暮らしと比べたら、それこそ天と地ほどの差だった。
        何を不満に思えよう。

        しかし、彼は、一度として、なぜ自分が、ここでこんなにも素晴らしい待遇を受けるのかは、
        一切、疑問に思うことはなかった。

        そればかりではない。今度、もし他の女と変えてもいいということなら、
        「少しはわがままを言う女か、拗ねてくれるような女、気の強い女も選びたい。」とまで、
        恐ろしく図々しいことを考えていた。

        しかし、彼は、外へ出ることばかりでなく、
        それぞれに寝室がある3部屋を収めた大きな区画のある領域から出ることを禁じられていた。
        その部屋ごとを移動する間だけ、唯一、他の女を見る機会になるはずだったが、
        一度も、見たことがない。だが、どこかの部屋からは、女たちの話声や笑う声も微かに聞こえた。

        そんな時、彼は、あたりを見回すが、それらしい場所を特定することができなかった。

        やや息苦しさはあるものの、女たちは尽くしてくれるので、ここを飛び出して、これまでのしがない生活を
        思うと、それを引き換えにしたくはなかった。

        このまま、快楽三昧の生活をしようと思い直していた。ただし、そう思う回数が、日ごと、多くなりつつはあった。


        そして、いよいよ「ちょっとだけ、外へ出てみたい…。ちょっとだけなら、分らないだろう。よし出てみようか…」
        などと、衝動的な考え方に、変わりつつあるようになった。その考えを抱いたとしても、すぐに実行するほどの勇気もなかった。
        この思いを何日くりかえしただろう。彼さえ、それが分らなくなった。

        ほとんど衝動の方が、自分を制する気持より大きくなった時、3人の女たちが寝静まった頃を、見計らって、
        ついに、この区画を出てみた。彼の格好は、寝間着のままだ。しかも絹のさらさらな仕立てだった。
        裸の上に直に着ていた。

        足も裸足だ。こんな格好で出たのも、そもそも衣服がないのだ。快楽三昧で、これまでのみすぼらしい服は、
        とっくに脱ぎ捨てた。
        そのまま普段着としての着物をあつらえることもなかった。ここでは、寝間着か、裸で充分だったのだ。
        いま、この場合は、むしろこの格好がちょうど良かった。
        部屋の外へ出たということが、もしバレたときに、うっかり部屋を間違えたのだと言えばいいと、
        そんなときの言い訳になるだろうと短絡的に思っていたのだ。

        部屋を出て驚いた。すべてがそっくりで、まったく同じ造りだったのだ。このまま、10歩も歩いたら、
        元へ戻れないかもしれないと、不安にもなった。

        としても、衝動は「止めておこう」という選択を、思いつかせてくれないほど、
        沸点が引き下がっていた。
        そもそも、自分は、あの中央の間から、どのように来たのか、覚えていないのだ。
        気がつくと、いまいた部屋に居たのだ。あの小女と話していた刹那から、この部屋までどのようにして、
        ここへ来たのかが、まったく思い出せなかった。

           「何でだろう…」

        それ以上の記憶は、とにかく何もない。いきなり、「なぜか、オレは、ここに居た。」
        「あの小女と別れて、礼を言った記憶もない。」

        彼は、とりあえず正四角形を囲むような廊下の一辺を歩き始めた。
        この正四角形の間には、暗闇があるだけだ。覗いてみたが、底がまったく見えない。
        ただただ深く、暗い。
        そこが何なのか、分らないが。

        ともかく、はっきり見えている正面の向こうへ行ってみようと思った。
        そこは、薄ぼんやり光が見えているからだ。

           「誰がいるのだろう…」ごく普通の疑問が沸いた。

         

         


         
        明日、以降に続く
         
         
         
         

        posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 19:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        ☆夢見・竜宮での生活 (浦島太郎の夢見世界の続編として)
        0

          以下は、2013.5.28「浦島太郎の夢見世界」のブログからの連載だ。
          このブログの話は、
          浦島太郎のその後となぜ竜宮城だったのかという経緯を私の見た夢の中から、
          分析を加えたものだ。


          ―こんな夢を見た。

          浦島を出迎えてくれたのが、天女のような羽衣を着た若い女たちだ。
          十代半ばから、二十代前半の香しい女たちの間を抜けた。

          彼の心は、どうにも穏やかではなかった。どの女もずば抜けて美しく、一人に決めることは、
          まず、できないと、独りよがりな期待で、勝手な目論見と算段をしていた。

          いよいよ中央の本殿に差し掛かった。
          そこは、まるで部屋中に美しい花を飾ったのかと思い違いをするほど、
          さらに美しい女たちで溢れてかえっていた。

          その女たちの中央に、恐ろしく小さな女がいた。二尺ほどもあるのか、ないのか。
          女と言うより、幼児にしか思えない。

          その女を囲むように、本殿の美しい花たちが、彩りを添えていた。

          そして、その小女の両脇に九尺ほどありそうな、人間離れした化け物のようにデカイ女が二人立っている。
          共に槍を携えている。刃向えば、すぐにでも一突きされそうな隙のない顔をしている。

          彼は、「なんて、デカイ女たちだ。」と思う反面、中央の小女とは、落差があり過ぎて異様な感じを受けた。

          彼が、小女に、手を伸ばせば触れられそうなほど近くまで来た時、
          二人の大女に、槍で静止され、その場で立ち止まった。

             「お前か!」何と幼児顔には、あまりにも似つかわしくない老婆のような野太く、
              低いしゃがれた声で言った。

             「お前か!金色の亀に悪さをしようとしていたのは?」

          また浦島は、再びこの低い奇妙な声を聞いて、違和感を感じていた。

          彼自体は、この場の華やかさで勘違いしそうだだったが。この様子から、
          どうやら期待通りの歓迎ムードなどではないらしいことはすぐに理解した。

          気分は反転して、少しばかり覚悟を決めつつあった。

             「はい…。」事態が読めず、そう答えるだけで精いっぱいだった。

             「なぜだ!」

              ”それにしても、キツイなあの顔とあの声のギャップ”とそう内心で思いつつ。

             「珍しい金色の亀でありましたので…。捉えれば、一生遊んで暮らしていけるっほどの
              高い値で売れると。そういう野心がありました。」

             「一生遊んで、暮らしていける金が欲しいということか。」

             「はっ…はい。」

             「お前は、漁師か…?」

             「はい。いつもは、このビクに一杯ほどのわずかな小魚や貝などを、海に潜って、
              素手でとっております。そこへ、あの、金亀が現われたので。オレはもうビックリ
              しちゃって、追いかけたんです。」

             「お前の言葉に、偽りはないか…。」

             「ウソはありません。」

             「どうやら、その言葉に偽りはないようだな…。」

             「…。」

             「よく正直に言った。ならば、お前に、二つの選択をやろう!」

             「二つの選択!」

             「今すぐに、浜に戻って、今まで通りの暮らしを望むか。それとも、
              一生遊んで暮らせる褒美が欲しいか…。その場合、この女たちから、
              お前の好きな女を三人くれてやる。
              ただし、この竜宮城内での生活をすることが条件だ。」

          浦島は、また女たちを物色し始めた。三人も選べるなんてと思いつつ、返事に勿体をつけて、

             「せっかく貴方様のお申し出ですから、有り難く一生遊べる暮らしを
                    いただきます。」

             「よし、女たちを選びなさい。」

          一人は、すぐに決まっていた。どうにも気になる女が居たのだ。浦島の右隣の前から三番目に居た女だ。
          美しいなんてものじゃない。直視するのが気恥ずかしくなるほどの可憐な女だった。
          加えて、あと二人を選んだ。すると、他の女たちは、潮が引くように、さっと下がった。

          選ばれた女たちだけが、そこに残った。

          こうして浦島は、思いのほか、美しい女を手に入れて、食うものにも困らず、快楽に耽った。
          何日が過ぎたろう…。まだ一カ月ほどだろうか。

          そろそろ、違う女たちが欲しくなった。手に入れた三人の女たちに不満があったわけじゃないが。
          やや、飽きてきたのだ。だが、奇妙なことに、こおの女たちの他の女たちは、その後、一度も見ることは、なかった。部屋から外に出ることも許されてはいなかった。
          もし決めごとを破れば、すべてを失うという条件でもあった。

          そして、献身的な女たちに、名を聞いたり、素性を聞いてもならないという制限がついていた。

           

          明日、以降に続く

           

           

           

           

           

           

           

           

           


           

          posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 19:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ☆夢見・竜宮へ (浦島太郎の夢見世界の続編として)
          0

            以下は、2013.5.28「浦島太郎の夢見世界」のブログからの連載だ。
            このブログの話は、
            浦島太郎のその後となぜ竜宮城だったのかという経緯を私の見た夢の中から、
            分析を加えたものだ。


            ―こんな夢を見た。

            浦島は、恐ろしいほどに興奮した。海の底を素潜りで、息継ぎの息苦しさなどをすっかり忘れて、捕獲の夢を追った。

               「ついにやった!上モノダ!金亀だなんてあり得ない!
                これを捕まえれば、大変な騒ぎになる。
                高い値が付くだけじゃない。お財(宝)でオレの一生は、これで安泰だー!」

            冷たい水の中で、興奮による身体の火照りさせ感じながら、
            ようやく金色の亀に追いつき、亀の足を捉えた瞬間、
            彼は、息苦しさを通り越して、意識が落ちていくのを感じた。

            それは、今潜っている海の底よりもはるかに、深みに落ちっていった。

            あの格闘から、どれくらいが経ったのだろう…。

            暗闇の世界で、ようやく目が醒めたのだ。薄っすらと、闇の濃淡の識別ができるころ、
            あのハチの巣のような模様の世界に、彼は、居た。それとも落ちていったというべきか。

              「旦那様!」

            女の声がする。

              「誰?オレかい?オレの事を呼んでるのかい?」浦島は、女の声のする方を探すように、
               そう問い返した。

              「左様でございます。旦那様のことでございます。」

              「で、あんたはどこなんだ。どこにいるんだ?」

              「今に、分かります。お進みください。」

              「え…?、どこへだい。真っ暗で、どっちへ。」

              「思う通りに進んだら、それでよろしゅうございます。」

              「そんなバカな…。どっちでもいいのかい?」

              「はい…。あなた様は、どこへいくかを、すでにご存じですから。
               あなたの思う通りを進んでいけば良いのです。」

              「え!?なんて…?」

            そう女の声が促した。彼は、不安に思いながら、一体、どのくらいを進んだろうかと訝った。
            と思う刹那、暗がりの中から、徐々に、豪奢な宮殿が見えてきた。
            この世のものとは、思えない。天空に突き抜けているのか…と思えるような高層階の、
            赤を基調にした華やかな御殿だった。


              「さあ、どうぞ。お入りください。」

            高さ五間(ほぼ9m)はありそうな高い門扉が、開かれた。
            門を潜ると、そこは今までの暗闇とは異なり、光に満ち溢れていた。
            先程から、華やかな匂いがしていたが、その理由がわかった。

            彼を出迎えてくれたのが、若い女たちだ。天女のような羽衣を着ている。
            ほとんどが十代半ばから、二十代前半のようだった。
            よくぞ、こんなに美しい女たちばかりを集めたものだと思うほどに、
            すべての女たちが、美しかった。浦島は、正直、目移りがしていた。

            おそらく鼻の下が伸びていたという語源は、この頃から発生した言葉なのではないだろうか。
            それほどに、顔に締りがなくなるのを感じたほどだ。自然に笑みさえこぼれてくる。
            悟られまいとするが、すればするほど、どうにも、ニヤケてしまう。


              「あー、なんてオレは幸せなんだ。」

            彼がそう口にしたのは、この時が、生涯を通じて、最初であり最後だった。
            香しい匂いのする女たちの間を通り抜けつつ、本殿に向かった。

             

                     明日へ続く。

            posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ☆夢見・記憶 (浦島太郎の夢見世界の続編として)
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              以下は、昨日のブログ(2013.5.28「浦島太郎の夢見世界」)からの続きだ。
              このブログの話は、
              浦島太郎のその後となぜ竜宮城だったのかという経緯を私の見た夢の中から、
              分析を加えたものだ。


              こんな夢を見た。

              赤い法衣のようなものを着た神様に、カネを無心された後、
              持ち合わせがないと分かると素っ気なくされ、この場に取り残された浦島だが…。
              「夢見の世界」に居るということだけは、分かった。

              「夢見…か…。………。オレは夢の世界にいるらしい…。」

              彼はそう思うと、自分の身体に、どこか違和感を感じだした。
              いままでは、暗闇で全く気づかなかったが。
              自分の肉体が、意識から遊離しているような、伴っていない感覚に気づいたのだ。

              彼は、自分自身を見ることができず、肉体があるのかどうか確認の仕様がなかった。

              ふと彼は、身体に触れてみればいいことに気づいた。
              「なぜ、そんな初歩的なことに気づかないのか…」と、自分のあまりの迂闊を恥じた。

              それを含め、いまの状況が、そうさせるのだなとも思った。
              ともかく、
              全体に統一感がなく、どこかチグハグな感じがしていた。

              彼は、実際に身体に触れてみた。
              「……?」
              しかし…、何んの感覚もない。
              はっきり分かるのは、こうして自分について考えている意識だけが唯一なだけだった。

              奇妙なことに、物理的な感覚は何もないにも関わらず、
              かつて身体があったという残像のようなものだけが、記憶に粘りつくように残っていた。

              だが、その違和感を不審に思い問うてみたところで、この暗闇の中では、
              あまり意味をなさなかった。

              彼は、唯一、意識だけを頼りに、なぜ、自分が夢見の世界にいるのかを考えてみた。
              思い出せる限り、思考を巡らせてみた。

              そして、
              薄ぼんやりだが、もしかしたら記憶の糸を辿れるかもしれない
              イメージらしきものを見つけた。

              「何かのイメージ」だった。「亀甲!?…の模様…?」

              「あ、亀の甲羅じゃないのか?…そうだ。亀甲だ!」

              それにともない、僅かな関連するイメージが、彼の脳裏に数点のイメージが、
              沸々とフラッシュバックするように思い出されてきた。

              「そうか、私は素潜りで、亀を追いかけていたのだ。水中深くを!」

              事実、彼は、亀が高く売れるというので、亀の捕獲を生活の糧にしていたのだ。

              そのとき、彼にとっては初めてのできごとが起きた。
              一尺ほどの金色の亀を見つけたのだ。

              岩陰から、ふいに飛び出したところを見かけた。

              「何だあれは…金色の亀だって!?」

              亀もまた、浦島に気づき、一瞬ひるんだ様子を見せたが、
              すぐに悠然と、するりと浦島のいる反対側を突き進んだ。

              彼は、断然、興奮した。
              「上モノダ!あり得ないほどの上モノだ!」

              これなら、今までで考えたこともないほど高い値が付くに決まっている。
              彼は、すでに素潜りを初めて2分以上が過ぎていた。すでに息継ぎの限界を感じていたところで、こんな珍しいものと出会ったのだ。ここを逃す訳にはいかなかった。
              肺の中に貯めていた空気は、すでに消耗しつくしていた。自分の限界を超えてでも、
              あの金色の亀を捕まえなければならないと、無理を承知で、追いかけた。

              胸が締め付けられるように、息苦しさを感じていたが、彼の執着は、今少しを続けなければならない。亀はあと5メートル程のところまでのところに追いついている。

              金色の亀も必死だ。上下したり、まるで木の葉の散るような水の中とは思えない動きをして、
              浦島の追跡を翻弄した。

              そして、次の瞬間、亀は、足を採られたのを感じたが、彼の異変にも気づいた瞬間でもあった。
              浦島は、ほとんど意識をその場で、失ったのだ…。




              あす以降に続く。

              posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              ☆浦島太郎の夢見世界
              0

                こんな夢を見た。

                彼は、暗がりで目を醒ました。まったくの暗がりだ。
                彼には、ここがどこなのか。
                なぜ、今この空間にいるのか。まったく意味がわからなかった。

                どうやってここへ来たのかさえ。

                で、目を凝らした。

                暗がりに目が慣れてくると、暗がりの濃淡だけは、何となく見えた。
                きわめてぼんやりだが、どうやら周りはハチの巣のように、区切られているらしい。

                しかも、無限にあるようだ。改めて、「何だ、これは…」
                彼の身体の周り中すべてが、そうだった。
                と、そのうちのひとつが、微かに、明るくなった。

                向こうから人影がらしきものが、こちらにゆっくり近づいてくる。
                彼は、何が起こるか分からないので、逃げ出したかったが、
                果たして、逃げていいものかどうか、他が今より安全という、
                保障さえない。そう考え、訝って、ただ震えていた。
                まったく事態が呑み込めず、ひたすら息を凝らして震えていた。
                そうすれば、むしろ、私に気づかないで、向こうへ行ってしまうかもしれないと
                考えたからだ。しかし、相手は、もうそこまで近づいて来ている。

                と、
                「あんたか…」という。

                ”あんた”かと問われて、その唐突さに、力が抜けた。
                少なくとも、その言葉から、敵意はなさそうだと判断したからだ。
                まさかと思うが、知人かもしれない…。

                「こんなところで…?」

                で、思わず。
                「はぁ…」と口にして、再び「へぇ…」とややへりくだって答えた。

                何を答えてイイものやら、困ったからだ。ここは、逆らわずに、成り行きに任せたのだ。
                相手を見ると、暗がりの中でも、薄ぼんやり赤い法衣のようなものを着ていた。
                小柄な爺さんだった。
                「あの…、どなた様で…」

                「あんたが、呼びつけておいて、その言い草はないだろう。
                 あんたの俗世間でいう、神様だよ。」

                「かッ…、神様…?ヒェ〜?」彼は、自分でも驚くほど、
                思わず声が裏返った。

                そして、相手を怒らせまいと、これ以上取り乱さないよう、
                息を呑んで、次の言葉を待った。

                「まぁ、いい。で…?」と、神様が、彼の顔の前に手を差し出した。

                「な、何でしょう…?」

                「分からんのかね…。カネじゃよ。カネ。」

                「カネ…?」こんなところで、カネの無心か?しかも、神様だって…。と、心の中で、思いつつ、懐に手をやったが、持ち合わせがなかった。そんなものあるはずがない。つい、少し前まで、
                竜宮城で、豪勢な暮らしをしていて、カネの心配などしたことがないからだ。
                「あ、ありません。」彼は、それを言うのが精一杯だった。
                「チッ!」と神様が、シケた奴が来たかとばかりに舌打ちしたのが、聞こえた。
                「で、何の用だ?」と、面倒を抱えたというふうに、尋ねた。
                彼としては、「何の用とは、それは、どういうことでしょう?」と、聞き返したいところだが、
                あまりに神様が不機嫌そうなので、その問いは相手を怒らせそうなので避けた。
                で、彼は、やっとの思いで、

                「こッ、ここは、どこなのでしょう…?」

                「ナニ…!」明らかに、神様は怒っているらしい。

                「そんなことも知らんで、よくここに居られたもんだよ。夢見の中じゃよ。
                 ふん!バカらしい…!」

                と、相手は、踵を返して向こうへ行ってしまった。
                「夢見…、はぁ…?」と、問いながら、「待ってください!」
                赤い法衣の端を掴んで、そう尋ねたが、その法衣は、掴めるようで、掴めない。
                掴んだという感触もないまま、手の指の間からスルリと、抜けていく。
                神様は、何も答えず、
                ただ、はじめに来た道を辿って、向こうへ行ってしまった。
                どうも神様は、カネの無心に適さない相手と知り、割り切ったようだった。

                残された彼は、「夢見の中に居る」ということだけは分かった。
                しかし、これは、想像以上に、彼にとっては大きなヒントになった。



                多分、あす以降に続く。

                 

                 

                 

                posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 17:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ☆モンスターとは闘わない…決意をした
                0
                  私は、以前、このブログにも少し書いたと思うが。
                  地元で小さな集合住宅3棟(およそ100世帯強が居る)の自治会長になった。
                  言っとくが、自慢話ではない。不覚にも、
                  自ら陥りやすいトラブルについて書いてみたいと思っている。

                  会長になったのは、前会長から、勧められたとき、目的があって、あえて、
                  進んでなったカタチだ。様々なこともたくさんあるが、詳細は、省くとして。

                  まず私は、変わりものなのだ。

                  そこで、私は、いま、ちょっとした体験をしている。
                  そのことであることに気づいた。

                  前会長は、世話好きな方で、人格者だ。だけに、いま以て、
                  お隣さんの迷惑キャラに悩まされる住人たちから、
                  「ちょと見かけないバイクが、いつまでもあるから張り紙をして注意をして欲しい」とか、
                  「何処そこの家から、なんか変な匂いがするから文句を言ってきてほしい」
                  などというような、小間使いか何かのような相談を受けているらしい。
                  会長職を辞して、いまだにだ。
                  ワンクッション置くカタチで、こちらの耳に届く。

                  つまり前会長から、当方に、後で、こんなことがあった的な話を聞かされる。

                  それは、私が、まだ新任の会長ということもあり、前会長より、ずっと若いため、
                  「あんな人じゃ頼りにならないからダメ」というニュアンスや、様子見も含めて、
                  敬遠されているからなのだろう。

                  私にとっては、いい意味で、それでいいと思っている。ほんとに、それで、ありがたい。

                  前述の異臭騒ぎでは、
                  いまも、まだ臭がするから、私に、○○の玄関前に行ってみるといいなどと、
                  前会長が口にする。

                  その匂いで、不快になるようなの話を、前後して聞かされて、かなり、うんざりしているが。
                  一日おいて、一応、行ってみると、なんの匂いもしない。

                  もし、匂いがしても、仮に会長だということで、
                  どんな権限があるというのか…。
                  人のプライバシーには、簡単に踏み込めいないし、こちらも踏み込むつもりなど、毛頭ない。

                  大家でもないし、管理人でもないのだ。

                  所詮、他人に迷惑をかけているような人物は、
                  固より、警察でも呼ばない限り、人の言うことなど聞かない。
                  ならばといって、事件性もなしに、警察は、そんなことで、動くはずもない。

                  小さな集合住宅の自治会長などが、なんの権限もなく、
                  のこのこ出って言って、何らかの解決でも付くと思っているのだろうか。
                  呆れて、ばかばかしくもあり、モノが言えない。

                  それどころか、下手をすれば、思わぬ相手から悪意のある危害を受けない
                  という保証すらない。

                  迷惑をかけている方もそうだが、実は、
                  自分は、自らは被害者として距離をおきながら、
                  誰か別な人間に腹いせをさせればいいと軽く思っているのだ。

                  いま、社会全体は、他人に対して、善意で最初から迎いれるような、
                  穏やかな人物などは非常に少ない。
                  対応次第で、短絡した相手から、とんでもないことにさえなり得る。

                  迷惑をかけている人物も、モンスターだが、
                  こうした自己本位に相談してくる連中も、ある意味、脇役モンスターなのだ。

                  自らがモンスターだから、モンスターを呼び込んでいることに気づいていない。

                  2週間程前に、区画の違う、向こうの高級マンションで、
                  「犬が泣いてうるさいから泣かせないように、注意してきて欲しい!」
                  などと、

                  私たち役員に、気軽に声をかけてきた主婦が居た。
                  それも、ある意味、命令口調で、「ねぇ、注意してきてよ!!」とアゴで、人に指図する。
                  明らかに、この人物こそ、
                  被害者ヅラした主婦の脇役モンスターなのだ。

                  私の隣で、前から引き継ぎの副会長が、愛想を振りまいて、
                  それを軽く受ける。「向こうのマンションの管理人さんに言っておくわ」

                  私は、こういう話は嫌だなと思った。かなり不快だった。

                  町会全体、地区全体の利益になるような建設的な話でもなんでもない。
                  クソだ。
                  ただアゴで、人を動かそうとするような人物を相手にしたくない。
                  すべきでないと思った。
                  自分の気に入らない出来事を、他人の口を通じて、迷惑加害人に言わせたいだけなのだ。

                  私は、どちらにしても無視を決めている。
                  前会長からは、そんな態度じゃダメだ窘められる。
                  「みんな(住民)と、あーそうですか。と、うまくやってよ。」
                  などと、笑いながらハッパをかけられる。

                  「はぁ…」と、苦笑いする。

                  ほんとうにそうだろうか…。私はそうは思わない。
                  こうしたロクでもないことには、まともに付き合ってはいけないと思った。

                  私は、こうしたことを通じて、あることに気づいたのだ。

                  私が、無視を決めている間は、モンスターたちが居るラインには、
                  私は居ないのだなと。
                  そうした話に、少しでも注目した時点で、しばらく、余波としては、
                  不快な話を聞かされるラインか、もう少し踏み込むラインに、
                  巻き込まれるかもしれないが。今後は、無視を決め込もうと思った。

                  今後、モンスターを無視すれば、そのラインからは、距離が置けると感じた。
                  前会長は、そのラインに、自ら立ち入ってしまっているために、
                  なかなか抜け出ることができない…で、いるのだなと。

                  トランサーフィン的にいえば、これは、振り子であり、私たちが、彼らに対して、
                  何らかの感情を持つこと自体が、私たちをそのラインに押しとどめてしまうのだ。

                  正しく行うためには、無視でいいのだなと、ふと思った瞬間だ。

                  私は、いま取り組むべき社会有用性のある話に、
                  さらに注意を向けることにした。
                  モンスターを呼び込まない。あるいはフォーカスを避けるために。

                  私は、今日のブログを書いて良かったと思った。
                  モンスターにフォーカスした分、今後、その余波は、別のカタチを私を少し悩ますのかも
                  しれないが。しかし、自分が、モンスターたちに、このブログを通じて、
                  どう向き合うかを、整理できたことで、極めて明確になったことだ。ありがたい。
                  危うく、不本意に自分を貶めてしまうところだった。
                  このブログをご覧いただいている、みなさんに改めて感謝したい。

                  ありがとうございます。



                  posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 20:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ☆障害を克服するな!
                  0
                    「頑張れ!」や「頑張ってください」は、私たちの人間関係における
                    文字通り、善意から発せられた社交的儀礼の際たるものだが。

                    その言葉を使っている当人も、それを受け止める当人も、これまで、
                    この言葉の持つ意味がどれほど最悪なものであるかは、
                    誰も知ることもなく、知らされることもなかった。

                    通常は、その言葉をありがたい言葉として理解している。

                    従って、普通、心ある人は、いまある状態に苦しんでいる人たちに対して、
                    その善意と純粋な気持ちから、なんとか励まそうと、
                    いや励ましているつもりで…。「頑張ってくださいね。」と、
                    精一杯の優しい言葉を投げかける。

                    だが、トランサーフィンの考え方は、
                    その常識を180度覆すものであり、「頑張ってください」というような考え方は、
                    間違いであるとさえ指摘する。

                    そもそも「頑張ってください」とは、その言葉を投げかけた当人は、
                    障害に向き合っている人たちに対して、いま以上に障害に強く向き合って、
                    もっと、もっと現状に苦しみ、闘え、と言っていることと等しいのだということに
                    気づかなければならない。

                    なんと残酷な言葉だろう…。

                    困難な状態や障害をいま受け止めている人たちは、
                    この瞬間にも折れそうな気持ちでいっぱいなのにだ。

                    もっと踏ん張れと、その最前線に背中を「ポン!」と押されるのだ。

                    これに対して、トランサーフィンの基本的な考え方は、

                    まず、闘うことを、最も嫌う。

                    なぜなら、最も、効率が悪いからだとしている。

                    誰においても、私たちは、固より変えてはならない、
                    変えようとしてはならないシナリオの人生ラインの最中にいるのだから。

                    それが、望むものであっても、望まないものであっても、
                    まず、そのシナリオを受け止めなければならないのだ。
                    にも関わらず、
                    その人生のシナリオに不満を持ち、変えようと努力すれば、
                    その反動は、より増して最悪な状態を招くことになる。

                    それは、いま暴風雨の嵐の真っ只中に出て行って、直立不動を続けようとする努力と
                    ほぼ似ている。その無謀で馬鹿らしいことと同じなのだ。

                    そして、トランサーフィンの考え方が教えている最大の示唆は、
                    その最悪な状況は、不可抗力で、運命のように現れたのではなく、
                    意識してか、知らずか、自分が「選択」したためにいる人生のシナリオの真っ只中に
                    あるからなのだ。この表現で、
                    すでに、答えを述べたようなものだが。

                    トランサーフィンは、このような場合にどうすればいいかということに対して、
                    極めてあっさりと、答えを出す。

                    まず、闘ってはいけないこと。
                    そして、
                    自分の望むものがある人生ラインを、ただ単に「選択」すればいいという。

                    今いる人生ラインから、そうありたい人生ラインへシフトすればいいのだ。

                    人生ラインのシフティングのためには、
                    トランサーフィンは、

                      「思考の放射パラメーターが変化すると、別の人生ラインへの移動が起こる。」

                          (「[振り子の法則] リアリティ・トランサーフィン」ヴァジム・ゼランド[著] 
                                                            ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店)

                    と述べている。
                    つまり、思考放射のパラメーターとは、どのような困難な状況にあっても、
                    その状況にふさわしい嘆き、不平・不満を言う状態に調整するのではなく、

                    難しいことであっても、むしろ望む状態へのポジティブな思考に合わせて、
                    その思考を続けることだという。

                    そのことで、その思考の状況にあった人生ラインへシフトできるという。


                    posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 17:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ☆幸運の微笑み
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                      昨日、書こうとしたものを今日のブログで書いてみようと思う。正直、一日置いて、気持ちに変化がある。昨日(きのう)、書こうと思ったときのようなワクワク(ともちょっと違うが…。)は、いま何処かへ失せている。といっても、冷めたという意味ではない。昨日(きのう)に比べて、少し客観視してモノを観ていこうという感じが、いまの時点で膨らんでいるということだ。

                      ここ数日、なぜか「マジック・ストーリー」(フレデリック・ヴァン・レンスラー・ダイ[著] 野津智子[訳] ソフトバンクパブリッシング株式会社)の本のことが気になった。
                      「マジック・ストーリー」とは、ある成功者の成功法則の独白をノートにしたもので、
                      不幸な生い立ちから、ちょっとした幸運に恵まれ、すべてを失い挫折し、放浪し、再び成功者となるまでのその中で得た成功法則が語られている。成功のための6つの教訓があるという。
                      前半と後半に別けられ、全体としても100ページ程度の手軽な本だが。
                      後半には、人生に翻弄されながら知り得た成功のための教訓が語られている。

                      私が、いま改めて、この本を振り返りたかった理由は、
                      実は第3の教訓にあった。

                      特に以下の文言だ。

                        「あなたはいつでも進む方向を変えることができるし、下ったのと同じ坂をまた
                         上ることもできる。」
                                  
                      (「マジック・ストーリー」より p63)

                      という文言にあった。
                      つまり、無意識に、この言葉を探していたのだなと、思った。

                      私は、2年と少し前に、私の生活上の理由から、本業とは別に、パートに出た。
                      生活費を補填するためだった。この仕事のおかげで、金銭的に汲々としていた私は、
                      生活面では、大いに助けられた。
                      率直に感謝すべきだろうと思う。いや感謝している。だが、一方で、精神面では、
                      代償としてボロボロになった。

                      詳細はこれ以上は、書かないが。

                      結論から言えば、
                      望んではいないことには、何があっても、藁をも掴むつもりになっても、
                      苦し紛れに選択してはならないという、重要な教訓を得た。

                      そして、度々、書いているが、たったひとりのパート職ということもあり、
                      先方の都合でという理由で、今回、一定の猶予付きで、近々のうちにリストラされる
                      ことになった。私は、それを”喜んでクビになる”というブログで、
                      書ける範囲でプライベートなことをボカしながら書いた。

                      私は、成功法則を標榜する当ブログに、その意味について、何らかの意義を感じており、
                      必要だと思って、曖昧表現ながら私の一部のプライベートな部分を、
                      自らの恥部を曝け出した。

                      で、現在、辞めるタイミングについて、いろいろな事情も思惑もあり、
                      職を失うリスクのこともあり、

                      …迷いがあり。

                      それに関連して、昨日、プライベートすぎるのでという理由で、
                      ある程度をちょっとした思いを書きながら、いざ書いてみると、
                      恥ずかしさが増してきた。結果、思い直して、削除し、その内容の記述を控えた。
                      別な内容に変更してしまった。

                      この件について、これ以上を書くのを控えるが、この2年間を含め、
                      概ね自分に起きたこの間の事情について、とても感謝している。本気でそう思っている。
                      実に、砂を噛むような味気なさとともに学びが大きかったからだ。

                      そんな中、自分だけにいま起きている体験として、私の内部のストレスのようなものが、
                      「マジック・ストーリー」の本を開いてみたいと、思わせたのだと思う。
                      その探していたものが。上述した言葉なのだ。

                      私が、今日書こうとしたのは、そのことというより、同じ「マジック・ストーリー」を開き、
                      部分部分を読み返しながら、

                      心に、響くものがあったので。むしろそちらを書きたいと思ったのだ。

                      それは、成功ための第1の教訓の項目中にあった。
                      過去に赤いマーカーを入れていた箇所でもある。

                         「幸運というものは、どんな理不尽な運命に翻弄されていようと、
                          ある特定の弱者に微笑みかけることがある。」
                                  
                      (「マジック・ストーリー」より p58)

                      という箇所だった。
                      この部分は、この本の主人公の独白の中で、彼が若い時に出遭った思いがけないことが起きた
                      成功体験についての箇所だった。(物語では、その後、大きな挫折するが。)
                      そして、前述の傍線とそこに近いもう一箇所に、やはりマーカーを入れていた。
                      それが、以下だ。

                         「言い換えれば、こういうことになる。幸運は、現実となって現れる
                          ずっと前から、私の人生の一部になっていたのだ、と。」
                                  
                      (「マジック・ストーリー」より p59)

                      という箇所だった。

                      私は、トランサーフィン(ヴァジム・ゼランド氏の著作シリーズ)を
                      学んでいる最中の者として、この箇所について、深く思う。

                      この主人公は、トランサーフィンで言うところの、
                      物語の上で、「人生ラインを乗り換えた」という解釈をさせていただいた。

                      そして
                      人生ラインの(= トランサーフィン上は)変更不可能なシナリオについて、
                      この作中人物が、著者の思いをこの著者の表現で綴っているのだなと痛感し理解した。

                      さらに、理解を深めると、
                      この変更不可能という意味は、

                      冒頭に取り上げた、第3の教訓の先の言葉

                        「あなたはいつでも進む方向を変えることができるし、下ったのと同じ坂をまた
                         上ることもできる。」
                                  
                      (「マジック・ストーリー」より p63)

                      と、実はリンクしているのだ。

                      つまり、
                      変更はできないが…。(=トランサーフィン的に)

                      については、

                      「あなたはいつでも進む方向を変えることができる」(=「マジック・ストーリー」的に)

                      これらの部分で、実は、
                      トランサーフィンの第1巻に次の記述がある。

                        「今いる人生ラインの上で何かを変更することは不可能である。
                         あなたが絵画館にいるとして、自分の好みに合わない展示品を撤去したり、
                         配置替えしたりできないのとまったく同じだ。そこでは、
                         あなたが主人ではない。けれども、もっと気に入ったものを観ようとして、
                         後戻りし、別のホールへ移動することは誰も禁止していない。」
                                            (「[振り子の法則] リアリティ・トランサーフィン」より p55)

                      著者が違うのに、似たような人生についての思いが語られていて、
                      面白いと思わないだろうか。

                      「マジック・ストーリー」の本の中に、トランサーフィンで扱っている
                      「人生ライン」も「バリアントの空間」も、言葉としての概念はない。
                      だが、優れた作品は、いずれも、
                      どこか、同じモノを見ているという例を知らしめられるのだな…と、私は思った。

                       




                      posted by: fukugakuru358 | 001/トランサーフィン | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |