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☆世界的ベストセラーのあの「秘密」の再評価
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    数年前に、「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 
              山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)は
    とんでもない世界的なベストセラーになった。いまだにそれは続いている。

    当時、角川書店から出版された当該書籍の帯封には、すでに、全世界で860万部突破とある。
    あれから、4−5年は経っているので、1千万部以上はとうに売れているに違いない。
    いまなお書店には、数冊、置いてあることを見ても、この本のパワーは凄いと思わされる。
    おそらく、この本を読まれた方の多くは、私も含めて、何らかの影響を受け、胸躍り、
    「引き寄せの法則」を試したいと思い、試してみたはずだ。
    そして、結果はというと、大方の人の夢は、期待はずれだったに違いない。
    踊らされた自分を自嘲的に、詰ったかもしれない。

    でも、私にとっては違う。

    願望が現実化したから? いや、そうではない。 
    残念だが、私も結果の出なかった大方の人たちのグループと一緒だ。

    だが私にとっての成果は、
    この本の影響が、私を、スピリチュアルな世界へ、導いてくれていったことだった。
    もっと突っ込んだ言い方で述べれば、
    私たちの人生が、意識世界、とりわけ潜在意識の思いが映し出された鏡のようなもので
    あることへの理解を深めさせていただいたこと。

    そして、その世界のさらに向こうには、
    量子物理学、量子力学的な解釈によらなければ、理解が困難な多次元宇宙、
    パラレルワールドの恐ろしく峻険な頂きをもつ概念があること。
    私の興味でそれがどれほど理解をできているのかは、その程度は別にして、
    まずはその概念をともかくも一旦受け入れてみようと、
    受け入れられたことによる多大な収穫を得たことにある。

    だからと言って、
    私が、「引き寄せの法則」によって、
    この物理的現実世界を私の欲しいままにコントロールできるに至ったかといえば、
    そんな好都合なことにはなっていない。いまだ充分な結果も出ていない。

    そう言いながら、物理的現実を何もコントールできていないなどと、
    一面的に断言することにも、
    決して正確なもの言いではないと思っている。

    たとえ私が意識的に望んだことの結果が、物理的現実世界に「結果」が出ていないと、
    述べようと、率直に認めても、

    私の認識には、次のような思いがある。
    つまり、
    この物理的現実は、私たちの意識の深い、深い、深いところで、
    そこで望んでいることが、
    実際は、「忠実に創造されている」のだということを理解している。

    この「ザ・シークレット」のおかげで、意識世界についての学びを深くし、
    知識を増やしながら、何度もこの本を読み返したり、部分、部分を見直していくうちに、
    少なくとも、私は、この本の素晴らしさ、正しさについて
    改めて深く認識させられている一人なのだ。すべては、私たちの内にあるのだ。

    なぜ、この本が言うように、
    私たちが望むような「結果」を出せないでいるか。私は次のように思っている。

    それは実に簡単な答えなのだ。

    私たちの意識が望んでいることと、
    心の奥深くにある潜在的にある意識の思いとが、
    まったく一致していないことによるのだということだ。

    その場合、結果としては常に潜在意識の無限のパワーが優先的に、
    物理的現実に具現化して現れるということ。

    私たちが一番に心がけるべきことは、目の前の物理的現実は、私たちの心の中を
    投影したものであることの受容なのだ。

    いま私たちの物理的現実に、もし気に入らない、望まない個所があるとしたら、
    それは、私たちの心の奥深い部分で――そんなことは、絶対に望んでいないはずの物理的現実を、
    実は、望んでいるという矛盾の裏返しとしてあるということ、その認識をしっかり持つことなのだ。

    つまり、
    意識レベルでは、確かに変わることを望んでいるのが、なのに、
    ほんとうは自分を取り巻く状況が変わることを恐れている心の奥深いところ
    の自分がいるということだ。

    私も含めて、大方の人たちは、その心の奥深いところの制限、ブロックというものを
    まったく解決しないままか、気づくことさえなく、解決できないままでいるために、
    常に、いわゆる「望む結果」が出せないでいるのだ。

    「ザ・シークレット」の引き寄せの法則が、機能していないとか、間違っているのではないのだ。

    私は、ようやくこの意味を理解するようになった。

    そして、この問題についての答えも知っている。実に馬鹿げている解決法だったのだ。

    それについて述べると、こうだ。

    その前にまず、重要なので、
    「ザ・シークレット」の本の中の、ある記述を引用させていただきたい。

    <創造のプロセス>の章(p81より)の冒頭部分だ。

      「『ザ・シークレット』で使われている創造の方法は、『新約聖書』から引用された
        ものですが、あなたの願望を実現するための次の三つの方法を教えています。」

    とある。ここは、かなり意味深なことを言っている。
    「ザ・シークレット」の根底にあるものは、聖書の説く法と同義でもあるということだ。
    聖書は、2千年以上の歴史の試練に耐えてきた多くの人々が読み継ぐ世界的なベストセラーだ。
    この事実にも深い真理があり、この聖書の精神を汲んだ「ザ・シークレット」は、
    冒頭で申し上げたように、
    860万部以上の世界的なベストセラーになっているという「秘密」も隠されている。

    「ザ・シークレット」の中の引用の記述の話に戻ろう。

    その創造のプロセスの3つの方法とは、

       第一段階 お願いする
       第二段階 信じる
       第三段階 受け取る

    と述べている。
    これは、「新約聖書」のどの部分に当たるかといえば、
    「ザ・シークレット」のp93にある聖書からの引用が相当している。

       「もしあなたが信じて疑わないならば、そのとおりになるであろう。
        信じて求めるものは、すべてあたえられるであろう。」
                   (マタイ伝 第21章22節)

       「なにごとも祈り求めるものは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、
        そのとおりになるであろう。」
                   (マルコ伝 第11章24節)

    だ。

    この新約聖書の言葉の、「教え」にあるものは、
    無条件に「信じる」ということに重要なポイントがある。

    私が、上述した「解決法」というのも、
    たったこの「信じる」ということに尽きてしまうという結論になった。

    だが、特に科学万能のこの現代の生きる私たちにとって、

    この「信じる」という方法は、
    あまりにシンプル過ぎて、信じられないのだ。

    いわゆるこの世に生れついてからずっと、
    思い込みで培った、あるいは培わされたこの物理的現実での「制限」にあまりに慣らされてしまい、
    その「制限」の方を何よりも優先してしまうため「信じる」という作業が難しくなっている。

    たとえば、
    何か突飛な願望を抱いたとき、そんなことは、現実には、ちょっとあり得ないなどと、
    科学的な根拠に基づくか、
    自分のこれまでの経験値や知識で、「自ら」制限をかけて、その可能性について、
    否定してしまうことがある。
    いわゆる「常識的」に、そんなことはあり得ないと、勝手に思い込んでしまうのだ。
    多くの場合、その制限を常に自分に課してしまう。
    そう制限を課す私たちにとっては、
    この「信じる」ということが、
    願望を現実化させる上で、途轍もなく大きなハードルになっているのだ。

    それでも、無条件に「信じる」ということだけが、
    奇跡を起こす。

     

    posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 06:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ☆ネガティブ猫背
    0

      日曜の今朝、寝起きのまま、何気なく、TVのスィッチを入れた。
      無意識ってやつだろう。時間表示を見ると、思ったほどではないが多少寝坊した。

      点けた以上、チャンネルを回す。
      どうにもピンと来ない番組ばかりだ。

      いまちょうど、日曜恒例のニュース・ワイドショー番組で、世相を論評していた。
      番組途中なので、テーマが分からなかったが。おそらく、
      若者たちがインタビューに答える様子から、成人式に絡んだ内容で。
      そのうちの一人の、
      若者に意見を求めていたあたりだったのだろう。たまたま最後の一人のその内容は、
      ほとんど聞いていないので、わからない。

      私が、TVのスィッチを切ろうと思ったのは、このインタビューの場面が終わり、
      おなじみのコメンテーターが並ぶ中で、まず最初に30才前後の若手の新顔が
      何かメッセージの口火を切ったあたりからそう思うようになった。

      インタビューの内容が分かっていないので、このコメンテーターのメッセージも
      今ひとつピンと来ないが。
      そんな程度で何か言うのは、もちろん為にもできないかもしれないが、それは承知だが。
      メッセージの持っている雰囲気が気になった。
      そして、「(今の若者について、ある意味)困ったものだと思う」というメッセージが、
      この若い有識者の口をついて出た。ヤケに、言葉として残った。
      概ね、今の若者に対する批判を向けるメッセージを聞いて、次に、
      美人の大学教授が同じように批判めいたメッセージを言ったあたりで、スィッチを切った。

      聞くに耐えない。

      こういう場所でギャランティされてコメントする「エリート」たちは、
      必ず、批判を中心にネガティブな発言をする。

      それが「…らしい」プロの論評だと思っているからだ。
      ケチをつけないとコメントじゃないと思っているのだろう。
      ケチをつけることで、自分が論評できる優位な立場にある、つまり有識者だという権威づけを、
      無意識に行っているのだろうと思う。

      私が言いたいのは、コメントのニュアンス全体が、聞いていて明るくなれない。
      ただネガティブな要素を取り上げているだけで、そこにばかり焦点をあてていて不快に
      思えたからだ。
      何で、もっと明るいことに目を向けたことが言えないのだろう…と思った点だ。
      さも、尤もらしく、ケチを付けている。そんな印象だった。

      私は、問題に感じているのは、メッセージから受ける印象だけを言っている。

      これ以上、観る必要はないと思い、すぐにスィッチを切った。

      前にも、当ブログで書いたことがあるが、
      「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)
      は、映画も含めてそうだが。とても気持ちを明るくしてくれる。

      本からも、そして映像からもホットな言葉や概念に溢れている。それは、人間の無限の可能性を
      鼓舞し、言及しているからだ。

      お口直しというのが、よくあるが。

      不快なものを印象を受けたり、観たり、聴いたり、気分を害した場合は、
      「ザ・シークレット」を手にしてみるといい。気持ちを大いにリセットさせてくれる。

      特に、ネガティブな発言が多くなるのは、簡単に、単純には、言えないが、
      それでも、やはり今の社会状況と経済の景気動向などの影響が大いにあるのだろうと思う。
      気持ちがネガティブ猫背なのだ。
      だとしても、それらの原因は、まずもって私たちが創っているのだということだ。
      私たちは、その結果を、ただ体験し見せられているに過ぎない。

      「ザ・シークレット」には、次の示唆がある。

         「後ろ向きの考え、後ろ向きの感情、後ろ向きな気持ちが、良いものが
          あなたにもたらされるのを妨害しているのです。」
              (前出:p162)

         「気分が悪くなった場合、そのもとになっている思考を変えるか、
          あるいは、気分転換をしましょう。そうでないと、
          『気分が悪くなる事をもっと沢山、持ってきて』といって
          いるようなものです。」
              (前出:p60)

      こうしたことを避ける意味でも、次のような記述がある。

         「わくわくした気持ち、喜び、感謝、愛などの気持ちです。
          それらを毎日感じることができれば、どんなに素晴らしいでしょうか。
          いい気持ちを祝福すると、気持ちを良くしてくれる事が
          もっと引き寄せられてくるのです。」
              (前出:p60)

       

      posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ☆自分自身の責任
      0

        何日のことだったか。春先か。私の親愛なる友人と会った時に、こんなことを言っていた。
        その方も「ザ・シークレット」を持っている。私が、かつて紹介したのだ。
        友人は、その本を適当にパッと開いた箇所のキーワードに注目しているという。
        その話は、何かで読んだ気がしたが、友人はそれを実行しているようだった。

        いま私も、それは時々、このブログを書くときに、試している。

        今朝、開いた箇所は、p190とp191の両開きだ。
        なぜか、ここは、これまでも頻繁に、ここが開かれる。
        そして、p191に赤いラインを二重に引いた箇所がある。
        その文言を引用しよう。

           「自分が望むものを引き寄せるのは、自分自身の責任です。」
                             (「ザ・シークレット」:p191)

        という箇所がそれだ。
        このラインを引いた言葉だけは、少なくとも10回以上は、見ている。
        私は、この数日書いてきたブログの記事と関連付して、
        この言葉が、改めて「そうだな…」と思わされた。
        何度も、この言葉を見かけたのは、きっと、
        私に「気づけ」と内なる声が言っていたのかもしれない…。

        もちろん、私は、私なりに望んでいるものがあり、望んでいる状態もある。
        それを意識していたはずなのだが、
        実際は、
        「足りないという思いの状況」が、さまざまに押し寄せてきたことに、
        さすがにイライラしたのだ。
        「なぜ…?なんだ。」

        昨日のブログでも書いたように、ブログを書きながら、私自身の心の中をほんの少し、
        垣間見ることができた。

        望む豊かな状態をイメージしながら、一方で、実は、不足しているか、未払いの現在のお金の支払いなどについて、あれこれ考え計算し、算段している。
        それだけではない。結果、収入に対して、再び、不足になるかも…と、不安を抱いているという悪循環をくり返しているのだ。そのことが、切なさとともに、支払いができなかったら「どうしよう…」という思いで、
        私の豊かさを望むイメージを、ヤクザよろしく、揺すっており、私は、それを恐れていたのだ。

        それが、まずいことは、よく知っている。だが、日常では、なかなか平静を保ちながら、
        その気持ちを手放すことは難しい。

        でも、そをどう手放すかは、やはり、自分自身の責任に掛っている。
        ふと、「ザ・シークレット」の中のボブ・プロクター氏の言葉が、

        頭の中を駆け巡る。

          「多くの人々は借金の返済を目標にしますが、そうすると永遠に借金を抱え
           続けるます。
           あなたが今何を考えていようと、考えていることを引き寄せるからです。
           あなたは『でも、やっぱり借金をなくしたい』というでしょう。
           借金を抱えるか、借金がなくなるかはどちらでも良いのです。
           
        (むしろ)あなたが、借金のことを考えていれば、
           それを引き寄せてしまうのです。
           債務の自動返済プログラムでも設定して、今は、豊かであることに焦点を
           合わせてください。」
                  (「ザ・シークレット」:p166)


        私は、この引用を書きながら、私の中で、このメッセージの「債務の自動返済プログラムでも設定して」の意味が、これまでずっと、すっきりせず、いま一つ、理解しにくかったが。
        今日それを、とことん理解した。

        というのも、先の引用中の
        「(むしろ)」は、私があえて付け加えたものだが。
        これによって、「債務の自動返済プログラムでも設定して」の意味、
        ボブ氏の伝えたかった意味の真意がようやくわかったのだ。

        もちろん、私は、単に言葉尻を捉えて、分かる、分からないを問題にしているのではない。

        ボブ氏が、それを言った心情が、一つの洒落なのか、方法論的なイメージとしてなのか。
        そのどちらに触れているのか。その意味合いが、いまひとつ掴めきれなかった。
        国語の解釈と鑑賞みたいなことを言って申し訳ないが…。
        全体の意味との関連で、真意を掴みかね理解しづらかったのだ。
        しかし、いま、ようやく判断できた。適切な言い方ではないが。
        ボブ氏の表現は、一つの言葉の「遊び」の「洒落」的要素で言っていたのだと確信した。
        ということだ。

        真意は、借金について一切考えるなという意味だと理解した。
        なぜ、このことに注目しているかというと、

        私は、最近、あるイメージング(スライド)をしていた。それが実現するようにだ。
        そのイメージングは、恥ずかしいが、恥を晒してでも、きちんと述べよう。
        例えば、それなりに高額のお金を手に入れたとしよう。
        私は、その際、すでに手に入れたお金で、
        借金返済の一部に当てることを目的のイメージにしていたのだ。
        それを有る意味主目的にしていた。
        そのイメージングは、10日間くらいのことだが。
        それは、良くないイメージングであることに気づいた。そのイメージの方法は、
        間違えていたのだ。借金は返すとしても、結局、「借金にフォーカスする」ことは、
        一切、考えては、いけないのだ。
        純然と豊かな状態にあることをイメージしなければいけなかったのだと理解した。

        私は、こんな恥部を晒しながら、書きながら、おかげで、何か掴めた。

        このブログ。そして皆さんに見ていただいていることに感謝したい。

        ありがとうございます。


        posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 14:35 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        ☆宇宙の意識とは、何か?
        0

          昨日に続き、「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)の記述に基づいて、宇宙の意識について書いてみたい。
          私は、「宇宙の意識とは、何か」についてを語るレベルにはとてもないが、
          一つのちょっとした側面については述べることはできると思っている。
          その取っ掛かりを、

          まず、「ザ・シークレット」からの引用をしてみたい。

             「偉大なる先人たちもアバター(神の化身)たちもハガリン博士と同じように、
              宇宙を説明しました。存在するのは常に一つの宇宙の意識だけで。
              存在していない場所はありません。」
                 (「ザ・シークレット」:p257)

          という。先の引用にあるハガリン博士(量子物理学者他多数の経歴を持つ)は、

             「宇宙は本質的に思考から発生しました。量子力学や量子宇宙学が
              これを確認しています。私達の周りの物質も凝結した思考から
                  できているのです。究極的には私達は宇宙の源です。」

          と、宇宙は思考する意識であることを述べている。
          「ザ・シークレット」の引用を続けるが、

             「それはすべてのものの中に存在しています。
                  宇宙の意識は全ての知性であり、全ての英知であり、
                 それは全て完璧であり、それは全てであり、同時に
              全ての場所に存在するものです。」
                  (「ザ・シークレット」:p257)

          とある。
          それを受けて、

             「それでは、それがあなたにとってどう言う意味があるのかを教えましょう。
              すべての可能性が、既に存在しているということです。」
                  (「ザ・シークレット」:p257)

          と導いている。

              「すべての可能性が、既に存在しているということです。」

          という示唆のメッセージの中に、私は、トランサーフィンが説明するところの、
          まさに、バリアントの空間そのものを指し示していると強く思った。

          トランサーフィンでは、

             「バリアントの空間には、過去、現在、未来に関する
                  すべての情報が含まれている。」
                  (「[振り子の法則] リアリティ・トランサーフィン」ヴァジム・ゼランド[著]
                              ほおじろえいいち[監修] 須貝 正浩[訳] 徳間書店 p42)

          と述べる。
          このバリアントの空間こそ、「宇宙の意識とは、何か」を考える上での極めて重要で、
          本質的なひとつの側面だと私は思う。トランサーフィンは、バリアントの空間の概念を
          詳細に語っている。

          「ザ・シークレット」に、戻るが。

             「全ての知識、全ての発見、未来の全ての発明は、宇宙の意識の中に存在しており、
              人間がそれを引き出すのを待っているのです。」
                     (「ザ・シークレット」:p257)

          という。
          直前の引用は、トランサーフィンの引用の
          「過去、現在、未来に関するすべての情報が含まれている」とメッセージに、
          運命論的、宿命論的時系列には、組みさせることなくという意味においてでだが、
          重複していると思う。

          私達は、有難いことにこのすばらしい「宇宙の意識」そのものであること。
          とするなら、その能力を使うべきなのだ。

          どうすべきか?

          「ザ・シークレット」は、言う。

             「では、どう引き出す(宇宙の意識の中に存在する能力)のでしょうか。
              あなたがそれに気づくこと、そして、あなたのすばらしい想像力を使うことに
              よって、引き出すのです。」
           (「ザ・シークレット」:p258)

          という。
          抽象的なかなり固い概念で説明しているトランサーフィンは、明確に言う。
          宇宙の意識に存在する能力を使うためには、
          意図した「選択」が必要であると述べている。
          さらに「望ましいスライド(=イメージング)」を持ち続けることだとも言う。

          「ザ・シークレット」の「あなたがそれに気づくこと」とは、ニュアンスは、柔らかいが、
          言い方を変えれば、フォーカスすること、結果、「選択」へ導くものだとも言える。

          「あなたのすばらしい想像力を使うことによって、引き出すのです。」

          という「ザ・シークレット」のメッセージは、
          トランサーフィンでは、スライドを抱き続けることを強調している。

          表現や言葉は、違うが、向き合う態度においては、共通しているものを私は感じている。

          「宇宙の意識とは、何か」の本質までは、容易に分からないかもしれないが、
          そのひとつの側面の理解については、賢人達のメッセージよって、私たちにも可能だ。


           



          posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 12:34 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
          ☆宇宙は意識
          0

            この数日、私は個人的なつまらないことを書いた。それは、
            バイトの勤務条件の変更で、私が願い出た希望について、
            私にこれといった落ち度がないにも関わらず、雇用側の責任者があまりに感情的で、
            思いがけない態度をとってきたことに、私は驚いた。
            以前から、その責任者を通じて聞いていた本社の会社都合な態度の理不尽さは、
            ある程度、聞いて理解していたので。それを、含めた上で、
            今後の話合いで予想される結果次第では、私の生活に少なくない影響が生じるという意味で、
            少し動揺していたのだ。

            こうした些事があって、
            やはり何かは起きているるのだなとも思う。

            昨日、このブログに、何度かコメント寄せていただいていた鈴さんに紹介された津留晃一氏の空間認識についての記述の一部分を拝読した。というより、ネット上で公開されている音声認識ソフトで、その内容が紹介されているものを聴いたというのが正しい。
            ただ、鈴さんのブログ上にあった空間認識の一文の引用を見なければ、いまの時点では、津留氏の記述に触れることは、なかったかもしれないとも思う。
            その意味で、鈴さんに感謝している。鈴さんが影響を受けたというだけあって、そのメッセージ性は、すごいの一言だ。だが、すぐになるほどと言って理解できるほど容易な内容でもない。
            私の中では、殆どは未消化で、何か、胸の中で、固形物のようなものが多数残っているような感じだ。そう思うのは、いまの時点の推測だが、私自身の認識がまだまだ理性の制限に支配されているからなのだろうと思う。
            つまり理性が、新しい解釈により、理性の判断が自らの存在を危うくする納得や理解に対して反発しているのだろうという推測ができた。津留さんの私なりの理解と内容については、いづれ紹介できればと思う。
            津留さんの空間認識などの影響もあり、いま自分の目の前に起きているとるに足らない現実を踏まえつつ、改めて、バイト先での懸案は、私自身の思いが作り上げたものなのだな…と再認識させられた。

            すべては、私の意識の中で起こっている。
            その反映を観ているのなだということを強く意識し感じた。

            当初、私自身の意識について考えていたはずなのだが、一方で、
            忌まわしい環境の改善を求めてながら、やはりその意識について考えはじめると、
            狭義に限定された個人的な意識を超えて、

            いつしか
            結果としては、宇宙全体としての意識についてまで考えが及んできてしまう。
            そこへ行き着く。

            本日のブログは、
            どこかとりとめがなくバラバラ感が否めない文章の運びで申し訳ないが。
            として、こんな日もあるものだとお許し願いたいが。

            今朝、何度か「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)の本を手にした。
            p256の「宇宙のひとつの意識」の項目を開いていた。
            私は、何か「意識」についての答えを求めているのかもしれない。あるいは
            私のこれまでの学びの成果だってもちろんある。僅かながらはある。
            その確認なのかもしれない。

            この項目は、「ザ・シークレット」の中で、
            登場する量子物理学者ジョン・ハガリン博士の言葉から始まる。

              「宇宙は本質的に思考から発生しました。」

            と述べる。

            私が、この「ザ・シークレット」の本を、最初に読んだ数年前、この言葉の意味は、
            まったく違和感があった。違和感そのものだった。理解ができず。そのままで、良いと、
            うっちゃっていた。

            いま、私は、これはその通りだと思っている。(数年たって、消化できたのだ。)

            なぜか、
            意識が限定的(空間・時間的)に、私だけに与えられたとものだと思うことの方が、
            合理性がなくバランスを欠いていると思うからだ。

            単純に宇宙全体のすみずみに横溢しているという理解の方が自然だからだ。

            意識は、…宇宙意識が、
            固よりあったということで、考えたほうが、自然だと思っている。

            宇宙全体が意識だという意味で、
            私たち人間は、その全体の中の「ささやかなパーツかプロセスの一部」なのだろうかと思う。

            先のジョン・ハガリン博士は、次のように言う。

              「宇宙は本質的に思考から発生しました。量子力学や量子宇宙学が
               これを確認しています。
               私達の周りの物質も凝結した思考から出来ているのです。
               究極的に私達は宇宙の源です。」
                    (「ザ・シークレット」:p256より)

            そのハガリン博士は、「私達は創造主」だという。

            私は、冒頭、私自身のロクでもない個人的な問題に少し触れた。
            この2−3日触れてきた、
            私が、ロクでもないと言い切るのは、
            私達は、創造主だという思いにいたらなければならないと、つくづく思うからだ。
            いま自分の目の前にある忌々しい出来事が、自分の意識の中で作り上げたものであるなら、
            なぜ、もっと価値ある思いに、意識の世界を作り上げられなかったのかという
            自分への叱咤の気持ちと反省からだ。

            私は、自分の意識にもっと良好なものを持ち込まなければいけないなと、
            改めて思った。


             

            posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 12:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
            ☆意識性ということを思う
            0

              「意識性」について思うとき、そこに何があるのか。
              それは、まず「今、ここ」という概念のようだ。

              「今、ここ」という概念は、言葉は簡単でも、意味が深く、私にとって、
              なお未だ理解が難しいと思っている。特に、理解を難しくしているのは、「今、ここ」の究極は、「過去」「現在」「未来」が同時に存在するという概念に行き着くからだ。
              様々な賢人たちの言葉を聞いていると、一応、分かったような気になるが、もう一つ、しばらくすると、自分の中で、何か分かったつもりのことが、
              理解にまで至っておらず、充分に反芻できず、どこかすっきりしなくなる。
              私にとっては、この「今、ここ」の概念には、もう少し勉強が必要だと感じている。

              もしかすると、長くかかるのかもしれないが。

              だが、意欲は、充分ある。
              その意味で、今日、ブログのテーマとすることには、やや中途半端さがあるかもしれないが、
              どうかお許し願いたい。
              中途半端なところで、何かを考えているうちに、あるいは、何かを表明しているうちに、
              それでも、ちょっとした理解を得るための気づきは得たりするものだと思うので。

              今日、意識性について考えてみようと思ったのは、恐らく、当ブログにCommentsを寄せていただいた「鈴さん」の昨日のメッセージがキッカケになっている。

              その箇所は、

                 「私達の人生が私達の考えている事を次々と映し出していくのなら、
                  自分が日頃何を考えて過ごしているのか?それこそが重大事ですね。
                  引き寄せているのも確かなのですが、自分の中にあるものが単に出てる
                  ような気もします。」 
                       (| 鈴 | 2012/10/22 11:13 AM |のComments メッセージより引用)

              このいただいたメッセージが、私の心深くに心象としてあり、「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)の本を手にして、パーンとめくったところに、2回目か3回目ぐらいの時だ、

              意識性について書かれている記述を発見した。ここに、
              私の気持ちがなびいたのだ。

              「鈴さん」の鋭い示唆に相応するような箇所が、「ザ・シークレット」(p272)の冒頭にあったので、目を惹いた。

                 「あなたの思考は、あなたが油断していると、制御不能な蒸気機関車の様になって
                  しまいます。それは、過去の思い出にあなたを連れて行くこともできます。
                  また未来にあなたを連れて行き、過去の思い出を未来に投影してしまうことも
                  あります。」
              (前出:p272)

              と。
              「ザ・シークレット」は、さらに続けて、

                 「こうした制御不能な思考もまた、何かを創造しているのです。」 (前出:p272)

              と。
              ここを読み返しているうちに、意識性について、考えてみようというキッカケになった。

              昔、「ふらちなロンドンハーツ」という番組があった。ジョーダンで、その言葉の流れにワル乗りするなら、「不埒な思考」というあたりか。

              このあたりを書いたとき、ほんの少し前まで、晴れ間もあったのに、いま突然、スコールのような雨が降ってきた。窓外の景色が一瞬で、すっかり白むほど、激しい雨だ。
              今日の天気には、予報そのものも、急な雨が降るような乱れた天気を予想していた。
              その通りになった。

              なぜ、こんなことをこのブログにインサートしたかというと、この雨が、二元鏡に棲む私たちの思考の海と、その結果を生み出すことが、何ら無縁でない気がしたからだ。それを分析してどうのこうのではない。何かの余波として、いや、ただの直感として、そう思ったのだ。で、また晴れた。
              話を戻そう。

              「ザ・シークレット」には、重要な示唆が私たちを導く。

                「あなたがしっかりと自分の思いに気付いていると、あなたの意識は今この瞬間に
                 あるので、自分が何を考えているのかを知っていることになります。すると、
                 あなたは自分の思考を制御できるようになります。」
              (前出:p272)

              と、述べている。私たちが「今、ここ」に住むことの必要性を述べている。また「今、ここ」という感覚こそが、私たちが意識性を高めている大切な瞬間であるという示唆だ。

              この意識性については、トランサーフィンが、かなりの拘りを持って、私たちに示唆を説いている。それについては、別途、いづれかの機会にさせていただく。

              ただ、トランサーフィンでもそうだが、意識性は、私たちを本源的なものにするようだ。

              そこを、「ザ・シークレット」は、私たちに分かりやすく伝えている。
              それは、難解な謎解き推理ドラマの犯人探しか、あるいは何かの答えを事前にお知らせするようなメッセージだが。
              私たちは、推理ドラマの仮想世界に生きる必要は全くない。たださえ知ることが多すぎる。
              無駄に時間を過ごすことができない。
              勿体をつけず、
              知っておく必要のあるものだ。それは、

                 「今この瞬間こそ、すべてのパワーが存在しているのです。」 (前出:p272)

              と、あることだ。


               



              posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 12:38 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
              ☆同調するためには
              0

                ほんの今、音叉の共鳴の実験をしたことをふと思い出していた。
                小学校の頃だったか、中学の頃だったか覚えがない。
                Uの字の形した金属に柄を付け片側が空いた空洞の箱に取り付けられたものだ。
                二つの音叉を用意し、
                空洞になった片側同志を向き合わせる。

                Uの字の一方を音叉を叩くと、もう一方の叩かなかった向き合う音叉が鳴り出す。
                振動するというものだ。

                その様子は、
                YouTubeの短い動画で見られるので紹介しておきたい。
                音叉と共鳴Resonanz
                http://www.youtube.com/watch?v=3NEwxbAGTR4

                学校では、共鳴について、「こういうものだ」と教えてくれるが、
                共鳴がもたらす人生上の深い意義については、
                一切、語られない。触れられない。
                (同じように、作用・反作用の物理実験についてもそれは言える。)

                なぜなら、教える側が、実は分かっていないからだ。
                ただ学習の単元の都合として教えているだけ。

                それが、何のためなのかも、どんな役に立つのかも分からないで。
                どこか勿体を付けた、たいそうな器具――その割に安っぽい実験器具を叩かせてみて、
                私たち生徒をその実験に興味を持たせようとする。
                しかし、それは、たいして面白くないものだった。残念ながら、私の記憶はその程度だ。
                はっきり言えば、バカバカしかった。他の生徒たちも同じだったに違いない。
                だから、先生が「もう叩くのいいから、やめなさい。はい、こっちに集中!集中!」と言いたくなるような飛んでもなく騒がしい方向に行く。

                確かに、当時、
                その授業は、路傍の石程度の価値しかないように思われた「共鳴の実験」だったが、
                その思い違いを嗜めさせられるように、今、思い出した。

                その実験は、大切なことを教えてくれていたのだ。
                今日まで、その気づき得られるまで、なんとも大いなる時間を費やしてきたが。
                「共鳴」は、重大なことをさり気なく教えてくれていたのだ。

                「同調」ということについて、目に見える、耳に聞こえる形で示してくれていたのだ。

                それは、優しく「それでも、信じることだよ。」という声の響きにも似ている。

                私は、たったいま「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)を手にした。
                この本は、300ページ程の紙数の中に、願望実現のために起こり得る、
                あるいは、識る必要のあることが、実にいろいろな角度から盛り込まれているのだなと、
                改めて驚かされ、感心もする。
                その中で、私は、「同調」についての示唆を受けた。

                つまり「欲しいものに同調するには、どうしたらいいか」ということについてだ。
                しっかり、その答えが出ているのだ。

                   「あなたが欲しいもののことを考えるとその物と同じ周波数を発信します。同時に、
                    あなたは欲しい物のエネルギーもその周波数で振動させるのです。
                    その結果、あなたはその物を自分の方に引き寄せるのです。」
                      (「ザ・シークレット」:p251)

                それを願望実現の観点から、具体的な方法を添えて、
                分かりやすく言い換えて述べている。

                   「あなたが欲しいもののことを考えたり、感じたりすると、瞬時にその物の周波数に
                    同調します。するとその物のエネルギーがあなたに向かって振動して来て、
                    あなたの生活にそれが表れるのです。」
                      (「ザ・シークレット」:p252)

                有難いことに、
                私たちは、共鳴という物理法則を、少年期の学生の時代に、
                目と耳と物理実験の体験から、知っている。



                posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 13:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ☆「意図」の風を追う
                0

                  数年前になるが、DVD版の動画による「ザ・シークレット」
                  (ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)を見たときから、
                  その言葉の印象は、私の心の中に深く刻まれずっと離れることがなかった。

                  その言葉の印象とは、 「意図」という言葉だ。

                  その後、いづれかの本の中でも、その「意図」の言葉を見、もっとも近い例では、
                  ヴァジム・ゼランド氏のトランサーフィン著作シリーズの中でだった。

                  「意図」という言葉自体は、様々な著者にとっては、その考えを伝える中で、
                  都度、意味合いは多少、異なっているのかもしれないが。

                  出遭う度に、私にとっては、その言葉が、事あるごとに問いかけてくる。
                  「注意を向けなさい」というような、声にはならない感覚が、
                  何かしら、モヤモヤした感じで、私を刺激してくる。

                  その言葉の発端は、
                  「ザ・シークレット」に登場するボブ・プロクター氏のメッセージによるものだ。

                  YouTubeの動画でも、観ることができるので、興味がある方のために、
                  参考までに紹介しておくと、

                  ◎『ザ・シークレット』の始めの20分間
                  http://www.youtube.com/watch?v=tl3DjHJ5gCs

                  のおよそ5分01秒付近あたりのメッセージだ。

                  いきなり、ここからだとストーリー的に唐突なので。
                  4分頃、付近から、見ていただいた方が、より良いだろう。

                  以下に、私の気になった、「意図」というメッセージを述べている動画の部分を引用をしておく。

                    「なぜ世界の人口の1%が、総収益の96%得ていると思いますか。
                     偶然ですか。いえ、偶然ではありません。実は、意図されているのです。」

                  この部分の、
                  「意図」という意味が、正直、ピン!と来なかった。すんなり言葉の意味が入らない。
                  それが、私にとってのモヤモヤの始まりだった。

                  この「意図」の意味をどうしても探りたくて、
                  本の同じ箇所の中で確認すると、実は、「訳」が変わっているのだ。
                  そもそも「意図」という言葉が登場しない。

                  本の訳を引用すると、次のようになっている。

                    「なぜ世界の人口の1%が、世界の96%の富を得ているのだと思いますか。
                     それは、偶然ではありません。実は、そのように仕組まれているのです。」

                  そのメッセージは、さらに続けて、

                    「彼らは、ある事実を知っているのです。つまり『秘密』を理解しているのです。」

                  となっている。
                  「秘密」とは、もちろん「引き寄せの法則」のことだが。

                  私が、すっきり理解したかった「意図」の意味合いは、
                  本には、「仕組まれている」と表現され訳されているのだ。

                  何度か双方の意味を吟味し続けて、次のような意味なのではないだろうかと今思っている。

                  「実は、宇宙はそうなるようになっている。」

                  あるいは

                  「実は、宇宙はそうなるようにあるべき仕組みになっている」

                  というようなニュアンスなのではなかろうかと。
                  私の表現は、文章家でもないので、下手なのは、お許し願いたい。
                  ただし理解しやすくなったと思う。

                  動画にしても、本にしても、ここの表現は、翻訳者たちにとって、
                  かなりの苦労があったのかもしれない。だが、すんなりと理解しにくいという意味では、
                  やや不十分さを感じる。

                  しかし、私にとっては、この部分のおかげで、「意図」という概念について、
                  とりわけ特別な関心を持つことができた。感謝したい。

                  私は、私なりの解釈で、

                  「実は、宇宙はそうなるようになっている。」

                  と書いた。その瞬間に、私は、ある気づきを得た。
                  抽象的な言い方をすると、意図の風を見た気がした。いや、それはまさしくシンクロニシティ
                  なのかもしれないと。

                  皆さんには、
                  私が、何を言っているかわからないかもしれないが、このままそれを簡単に説明するのは、
                  正直、難しい。

                  かなり冗長になりそうなので、明日(8日)、この続編を書きたいと思う。


                   




                  posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ☆常に作用する「宇宙の法則」
                  0

                    宇宙が宇宙である限り、宇宙として厳然としてその姿を維持している限り、「宇宙の法則」は止むことがない。常に作用する。私たちの隅々にまで、その作用が行き渡り及んでいる。
                    「引き寄せの法則」も、例外なく、宇宙の法則である限り、同様に常に作用する。

                    だが、私たちの日常は、その宇宙の作用をあまり意識することがない。よほどしっかり、自分の思考に責任をもたない限り、「惰性」に流れやすくなる。

                    「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス 吉田利子[訳] SoftBankCreative)の中の指摘にも次のようなメッセージがある。

                      「(宇宙の法則は)もちろん作用している。あなたがたは自分で気がついていない時でも、
                       波動を出している。だから『惰性』による想像が行われる。」
                                 (「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」:前出)

                    と。また、
                    「ザ・シークレット」(原作:ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)にも、同じようなメッセージがある。
                    マイク・ベルナルド・ベックウィズ氏の言葉だ。

                       「創造はいつも起きています。人が何かふと考えた時でもだらだら考えている時でも
                        創造は起こっています。そして、その思考から何かが出現しつつあるのです。」
                          (「ザ・シークレット」:前出)

                    と。

                    私は、このこと考えたときに、リアルな話だが、頭の中で、ジョー・ビタリー博士の声が
                    聞こえた。

                    映画版DVDの「ザ・シークレット」(原作:ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)の中のビタリー博士の日本語吹き替えの声がしたのだ。
                    それは、

                      「意図するのです。」  (「ザ・シークレット」:前出)

                    という短い言葉だ。
                    これは、DVD版(日本語版)の中で、出てくる声と言葉で。

                    私たちの思考は、ともすると楽する方向で、「惰性」に流されやすい。
                    だからこそ、「意図的に」自分の思考に責任を持たなくてはならない。そのことがあって、
                    ビタリー博士の声が、聞こえたのだと思う。(= 実は、ビタリー博士の声が聞こえたことで、何としても、ビタリー博士のメッセージを、ここに書かなければと思った。たとえ、多少、こじつけてでも。ちょっとした裏話だが。)

                    「惰性」に流されやすいと書いたが、その「惰性」は、無意識の心の状態をそのまま反映している。多くの場合は、物理的現実の現状を現状のままに受け入れており、その意識が必然的に支配的になっている。「幸せだ」と思える状態のままで「惰性」に流されているなら、まだしも。
                    私たちの多くが、現状に不満を持っていることの方が多い。とするなら、
                    ネガティブな感情が、意識しようと意識しまいと、その「惰性」の状態にいる間は、その思いが灰汁のように浮き出てきていると考えてもいい。なぜなら、それまでに、「現状に対して、何とかしたい」という思いを少なくとも抱いてきて、その不満に思う対象や状況にそれなりにフォーカスしてきたわけだからだ。つまり、宇宙の法則は、常に作用しているので、その惰性の心の状態にあるときも、知らずのうちに「引き寄せの法則」が、私たちの望む、望まないに拘らず、働いているということでもある。

                    その意味で「惰性」に流される心の状態は、多くの場合は、ネガティブな傾向に支配されているなら、決して、望ましいものを引き寄せることがない。

                    だから、ビタリー博士の言うように、

                      「意図するのです。」

                    の言葉のように、心掛けなければならない。

                    上述した「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」の中には、
                    エイブラハムの次の言葉がある。

                       「望まないことは、考えないこと。望まないことに思考を向けないこと。」
                                 (「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」:前出)

                    として、 
                    さらに、なぜならば、

                       「関心は対象を引き寄せるのだ。」
                             (「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」:前出)

                    という示唆をしている。

                    そのためにどうすべきかを、
                    次のように、教えている。

                       「大事なのは別のこと――自分が望むこと――を考えることだ。」
                                 (「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」:前出)

                    と。

                    なぜなら、望まないことを考えないようにしようと、考えても、結果、その考えたくない対象のことを、やはりそこで意識するから、それは、望ましくないからだという。

                     




                    posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ☆宇宙からのメッセージ
                    0

                      「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)を偶に、適当にパッと開いてみると、
                      いろんな細かいところにまで、
                      気配りがなされて書かれている内容があることに気づかされる。
                      たとえば、
                      「自分でも気づかない。ちょっとした理由で、気分が悪くなる」ことについての記述を
                      たまたま見い出した。
                      興味を惹いたので、私は、あえてそこに注目してみようと思った。

                      それは、
                      特に私自身のことに関連しているが、
                      昨日の夕方から夜にかけて、3−4時間ほど、なぜか気分がのらずダラダラしていた。
                      と、夜が深まりつつあると同時に、
                      顔の表面がなんとなく自分の意思とは別に、
                      ややこわばっている感すら自覚するようになった。
                      そこにいるのは、
                      楽しくないというのは、もちろんであったが。
                      まさかこの場にいることへの不服が…、

                      そんな意味も含めて、それ以外には、
                      あまり原因のはっきりしない。そんな体験があったので、
                      こんな場合の参考になればと思いあえてテーマとして選んだ。

                         「あなたの思考が全ての事象の根源である事を覚えておいてください。
                          あなたがある思いを持ち続ければ、それが直ちに宇宙に放射されます。」
                                   (前出よりp62)

                      と、私自身の気分の変調も、
                      実は、思考に原因があるという示唆だ。

                         「(宇宙は)数秒でその波動の情報をあなたの気持ちという形であなたに
                          返してくるのです。即ち、あなたの気持ちは宇宙からの返事で、あなたが
                          いまどういう周波数と同調しているのかを教えてくれるのです。
                          あなたの気持ちは、あなたの周波数を知らせてくれるメカニズムなのです!」
                                   (前出よりp62)

                      あまりに鋭い指摘で、思わず唸る…。
                      「あなたがある思いを持ち続ければ」という部分では、
                      私は、雑踏の中で、ここに居たくないなという気持ちが支配的だったので、
                      その気持ちが昂じて、やや頭痛さえ感じつつあるところだったが、
                      私のちょっとした仕事をなんとか終え、
                      その後、一人になることができて気持ちが和らいだ。

                      まさしく指摘のとおりだな…と思わされる。

                      さらに、

                         「ですから、あなたが気分が悪い事自体が宇宙からのメッセージなのです。
                          つまり、
                          『警告します!思考を今すぐ変えなさい。否定的な周波数を放射しています。
                          すぐに周波数を変えなさい。現実化へのカウントダウンを始めますよ』という
                          メッセージなのです。」
                       (前出よりp63)

                      と。
                      私にとっての現実化は、すでに始まっていたようで、
                      珍しく頭痛になりかけたということが象徴していたのかもしれない。
                      たまたま、その後、すぐに、その場を離れることができて、
                      頭痛の前兆だけで済んだ。
                      しかも一人になれたことで、情緒を回復したのだろう。
                      私は、あまり自覚を持たずに、ただすこし前までいたその場所に、
                      意識の上では、多少の不満を持っていただけだったが…。
                      案外、私の不満の気持ちは、
                      かなり根深いものがあるのだなとふと感じる示唆だ。

                      著者のロンダ・バーン氏は、次のように簡単な解決策を述べている。

                          「次回、気分が悪くなったり、後ろ向きの感情を抱いた時には宇宙から
                           受け取るシグナルに耳を傾けてください。」
                      (前出よりp63)

                      と。その上で、

                          「その場合は、心機一転、楽しいことを考えてみましょう。」 (前出よりp63)

                      という。

                      それが、難しいことなのだが、だからと言って、
                      ほかの方法はないだろう。仮に、どんなにしんどい状態でも、
                      すべては、そこに掛かっているのだなと思わざるを得ない。


                      posted by: fukugakuru358 | 012/ザ・シークレット | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |