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☆人生を好転させるためにできる事
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    「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)
    に登場するボブ・プロクター氏は、とても渋く、印象的だ。
    そのボブ氏は、機会あるごとに、願望の書き出しには、次の文言を入れるよう勧めている。

       「あなたは本当は何がほしいのですか。座って一枚の紙に書いてみましょう。
        現在形で書いてください。『私は今現在、余りにも幸せで感謝していますが』
        と書き出してください。それから自分の人生がどの分野でどうなって欲しいか
        を書きます。」

    と述べ、
    ボブ氏は、この『私は今現在、余りにも幸せで感謝していますが』
    という文言を願望の書き出しの前に必ず書くよう勧めているのだ。
    私は、ちょっとした儀式めいていると思いつつも、どこかで無視できないでいた。
    このことは、
    彼の著作であるボブ・プロクター氏の著作
    「宇宙を味方にしてお金に愛される法則」
    (ボブ・プロクター[著] 岩元貴久[監訳] きこ書房  p111)
    にも、
    多少の表現の違いがあるが同じ趣旨のことを言っている。

    個人的に私は、そのことにとても興味と関心を強く抱いていた。
    今日、その文言を付け足すことの意味と深みを充分に知ることができた。
    都合上、悉くを説明しないので、以下の流れの中で、汲み取っていただきたい。

    前出、「ザ・シークレット」の中で、ジョー・ビタリー博士の言葉は注目に値する。

       「自分が既に持っているものに対して感謝し始めると更に良いものを引き寄せます。
        もっと感謝したくなるような更に良いものがやってくるのです。」
           (「ザ・シークレット」:p127より)

    という。
    これは、先のボブ・プロクター氏の願望の書き出しのリストに添える

       『私は今現在、余りにも幸せで感謝していますが』

    というのと同じことを言っている。

    なぜ、今持っているものに感謝の気持ちを持つ必要があるのか。

    それを解くメッセージが著者のロンダ・バーン氏のメッセージの中にあるのだ。
    まず、

      「感謝の気持ちがなければ自分が放射する思考や感情がマイナスを示すからです。」
           (「ザ・シークレット」:p128より)

    という示唆がある。この示唆をかなり噛み砕いて具体的に説明する著者は、
    次のように言う。

      「新車が欲しいとき、今乗っている車に感謝しなければ、あなたの放射する波動は
       マイナスになります。」
           (「ザ・シークレット」:p128より)

    例えば、新車が欲しいとき、今乗っている車に飽きが来る。あるいは、
    車体が古臭く、ガタが目立つ。どうにも、修繕費ばかりがかさんで、感謝どころじゃない。
    早く新車が乗りたいなどということは、今乗っている車に、不満がタラタラにあるということだ。時には、大事な場面で、タイヤがパンクするなど、腹立たしくもなったりする。維持費もかさむ。まもなく車検も迫っているなど…。
    こうした思いの時に、かつて愛車だったはずの車が、お金のかかりそうな、ちょっとしたアクシデントに巻き込まれて、以前ならとても大切にしていた車のタイヤを「クソッ!」とばかり足蹴りにしたりもする。ひょっとしたら「このポンコツ車が…」というような不満をぶつけたりしているかもしれないといことだ。

    不平、不満は、引き寄せの法則に従えば、
    そのままのものを、
    つまりカタチを変えて、さらに不平、不満を招くようなことを引き寄せるという事に
    繋がる。

    だから、新車を望むその時点で、仮にボロで、ポンコツだろうが、
    すでに持っている車に対して、
    ネガティブな感情を持ってはいけないばかりか、
    むしろ感謝の気持ちで、今、この瞬間を生きなくてはいけないのだ。

    いまこの瞬間を感謝の気持ちで溢れていれば、
    引き寄せの法則は、同じように、さらにカタチを変えて、溢れるほどの感謝の気持ちの相当する以上のものを、宇宙から引き寄せてくれるのだ。

    こうした意味を充分に把握して臨んだとき、ボブ・プロクター氏のメッセージは、
    なるほどと、先に感謝の姿勢を示してしまうことの重要性が理解できるだろう。

     



    posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 18:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ☆感謝の章
    0

      「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)
      の中に、
      感謝の章として、《感謝の力》の項目がある。

      私は、この感謝という言葉が、なぜか好きだ。
      個人的にも意識的によく使う。あまり感謝したくない相手にも、
      あえて言うように努力している。
      その「感謝」についてだが
      「ザ・シークレット」で注目したい点がある。次の表記だ。

         「私の人生を変えた1910年のウォレス・ワトルズ著『富を[引き寄せる]
          科学的法則』の中でも感謝の章が一番長いのです。映画『ザ・シークレット』
          の中のすべての師は一日の中で必ず感謝しています。彼らのほとんどが
          感謝の気持ちや考えを抱いて一日を始めているのです。」
                  (「ザ・シークレット」:p125)

      とあり、さらに、ロンダ・バーン氏は

         「これまで、いろんな書物を読み、『秘密』を知って様々な経験を
          してきました。その中で、感謝することの効果が何よりも高いことが
          分かりました。もし『ザ・シークレット』の中の知識をただ一つだけ
          選ぶとしたらそれは感謝です。感謝があなたの生き方になるまで、
          習慣化しましょう。」
                  (「ザ・シークレット」:p126)

      と述べている。事実、「ザ・シークレット」の本でもそれなりの紙数を割いて述べている。
      その意味においても、私は「感謝の力」に大変、関心を持っている。

      なぜ、感謝がそれほどに大切なのか。

      先のウォレス・ワトルズ氏の言葉(引用の引用になるが)として、

          「感謝すると自分の思いと宇宙の創造エネルギーが密接に調和する、と
           考えたことがありますか。もしなければ、そのことをよく考えみましょう。
           するとそれが真実であることがわかるでしょう。」
                  (「ザ・シークレット」:p123)

      と示唆していることにある。

      私見になるが、感謝をするということは、「感謝していること対象」に対して思考をフォーカスしたことになる。私たちの意識が、思考を通じてある対象にフォーカスするということは、
      それを現実化することを意味する。つまり、感謝の念を発することで、再び感謝をしたくなるようなことを招き、「引き寄せる」ということに繋がるからだ。

      「ザ・シークレット」の中のジョン・グレイ氏は言う、

          「いつも感謝することが大切です。感謝が良き物事を引き寄せます。」
                  (「ザ・シークレット」:p124)

      と述べ、
      ジョン・デマルティーニ博士も

          「自分が思っていること、感謝していることを私たちは引き寄せます。」
                  (「ザ・シークレット」:p124)

      と述べている。

      「感謝」については、このブログでも度々書いているが、数日前にも触れてたが。
      前回、書きたかった部分を今日、ここに記したいと思う。

      ボブ・プロクター氏が、特に、感謝に深い重きをおいている態度についてだ。

      「ザ・シークレット」の前半で、創造のプロセスの第1段階で、
      ボブ・プロクター氏は、次のように述べている。

          「あなたは本当は何が欲しいのですか。座って1枚の紙に書いてみましょう。
           現在形で書いてください。『私は今現在、あまりにも幸せで
           感謝していますが。』と書き出してください。それから自分の人生が
           どの分野でどうなって欲しいかを書きます。」
                  (「ザ・シークレット」:p82)

      とあることだ。これについて、「ザ・シークレット」の著者であるロンダ・バーン氏が先に、ボブ氏のこの態度に注目していて、私は、その指摘を受けて、「ハッ」とした。
      訳者が違うことや、多少表記も違うのだろうが。ボブ氏の著書である「宇宙を味方にしてお金に愛される法則」(ボブ・プロクター[著] 岩元貴久[監訳] きこ書房)にも、ボブ氏は、やはり同じことを強調していたことを思い出したのだ。

      その著作のp110には、次の記述がある。

         「そのメモを毎日何度も読み返しつつ、豊かな自分という意識を
          確立するのです。メモには、つぎのように書きとめるとよいでしょう。
          『わたしはとても幸せです。今のわたしは幸せな状態にあります。』」
                  (「宇宙を味方にしてお金に愛される法則」 p110)

      と、願望のリストの書き出しの冒頭に、
      「わたしはとても幸せです。今のわたしは幸せな状態にあります。」
      と、メモに書くことを勧めている。

      先に挙げた上述の表記と、表現自体は、まったく同じではないが、
      後の方は、「今、ここ」の状態として、
      背景には、やはりベースの思いとして感謝の意が含まれていなければ、
      「今のわたしは幸せな状態にあります。」という表現には、
      そもそもならないだろう。その意味で、前述の二つ表現は、ほぼ同じようなものだと
      思っていいと思う。

      「ザ・シークレット」に戻るが、著者のロンダ・バーン氏は、
      このボブ氏の心構えを取り上げ、補足を加えている。

         「自分が欲しいものを既に得たかのように感謝すると、非常に強いシグナルが
          宇宙に放射されます。それは、今この瞬間に感謝しているが故に、それが
          既に手に入ったというシグナルなのです。」
                  (「ザ・シークレット」:p131)

      とある。

      そして、「既に得たかのように」は、
      かの偉大な師が述べたように、

         「祈り求めるものはすべて、すでに得られたと信じなさい。そうすれば、
          そのとおりになるだろう。」
         (マルコの福音書 第11章 24節 /「ザ・マスター・キー」
            チャールズ・F・ハアネル[著] 菅 靖彦[訳] 河出書房)より引用))

      ということに繋がる。




      posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 12:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ☆人生を好転させる
      0

        今日は、ほぼ全国的な成人式のようだが。気のせいかもしれないが、
        なぜか、成人式というと天気が悪いイメージがある。調べたわけじゃないが、
        雨の日が多いのでは…。そんな気がする。
        そして、今日は日本中で、天候が不順らしい。しかも、東京でも初雪が降っている。
        雪が降るかも…とは、前日からの天気の予想で、だとしても
        大したことはないのだろうと思っていたが…。

        寝起きに、窓外で、雨の音がしていた。
        「あー、雨なのか」と思った。それから、しばらくすると、
        氷結してきているように見えてきた。おそらく、
        みぞれのような雪程度なのだろうと楽観して、
        しばらくPCに集中していると、「あれよ」というまに道路が白くなっている。
        いまは、ひどい降りだ。

        人生も実は、こんな風に劇的に変わっているのだろう。ただ私たちの世界は、大きすぎるので。
        変わらなければいけないもの。いますぐに変わらくてもいいもの。当面、変わらなくてもいいものなどが、混在し、圧倒的に、変化を遂げなければいけないものは、個人レベルでの変化においては、世界全体の規模からすると、その程度においては小さいので、すぐには、わかりづらいのかもしれない。
        としても、変わる必要があるときには、変わっていくものだ。

        私自身のつまらないことを、また取り上げさせて頂ければ、あと数日程度で、
        間もなく、バイト先を辞めることになった。
        そして、私自身の世界の一部が、いま変わろうとしている。
        去年の秋頃には、それを心底、願っていた。それが、心の準備というか、私自身の思う諸々の準備ができないうちに。それが現実化することになった。
        正直、慌てた。

        以前に書いたように。私自身は、すぐに直感したのだ。私自身の思う通りが、始まりつつあるのだなと。当ブログで「喜んでクビになる」というブログを書いた。その意を反映した意味だ。
        私自身が、別の人生ラインをシフトするのだな…と感じて、本気で、喜びを感じつつある。
        いまほど明確ではなかったが。ある段階からイメージングもしていた。その効果が、どのように変わっていくのか、分からないことや。いまこのリアルな体験がそうなのか。またすぐにそうなるのだろうか…という不安もあるし、そう簡単に現実化されないだろうという疑念もあったり。
        ただ、どうあるにせよ。私は、喜んですべてを受け入れたいと思っているのだ。
        その考え方をたまたま支えてくれるように、ある動画と出遭った。
        最近のことだ。
        YouTubeの動画で、エックハルトトール氏の思想に傾倒しスピリチュアルな目覚めを実践しつつある方の動画を観ている。その方は特別な著名人ではないが。その方からの学びも動画を通じて学んでいる。動画は、その方の個人的な体験を述べているだけに過ぎないが。
        それでも、私にとっては、学びの示唆にはなっている。その方の動画の一つで、
        無意識の抵抗というテーマで、
        「自分の全てがOK」というのがあった。
        http://www.youtube.com/watch?v=dU2j1r4lA78

                 「どんな自分の状態でもOKなんだ」

        という思いの大切さを語っておられる。
        大変、示唆を含んでいるメッセージだと思っている。私なりに解釈させていただいているが、
        自分のいま置かれた状態が、たとえ、必ずしも望んだとおりでないことに、決して不満を抱かない。そうした意味においても、自分の全てが、それでいいんだ。という示唆は大切なことだと気付かされた。心に残ったのだ。

        このメッセージに、深い部分でつながっている「感謝という行い」がある。

        今朝、「ザ・シークレット」(ロンダ・バンーン著 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)の本で、気になる箇所があり開いていた。

        ジョー・ビタリー博士の言葉に注意が向けられた。

           「人生を好転させるために、あなたは今、この瞬間に何ができるの
            でしょうか。
            真っ先にできることは心からっ感謝できることの一覧表を作ることです。
            そうすると、エネルギーや思考を転換することができます。」
                                            (前出:p123)

        人生を好転させたいのであれば、「感謝せよ」と述べている。さらに、

        引用の引用になるが、「ザ・シークレット」には、実は、「引き寄せの法則」の原点とも言うべき、ウォレス・ワトルズ氏の言葉もそのページに紹介されているので、ここに会えて紹介しておきたい。

           「感謝すると自分の思いと宇宙の創造エネルギーが密接に調和すると、
            考えたことがありますか。もしなければ、そのことをよく考えて
            みましょう。そうするとそれが真実であることがわかるでしょう。」
                                                                          (前出:p123)

        という箇所が引用されているのだ。

        自分の身にいま起きていることは、すべて私自身のためにある。注意深くしていれば、その起きていることが、時に、あまりにネガティブ過ぎて、とても感謝できないようなことでも、必ず、そこには、起きていることが自分のために、特別シートで用意された、重要な意味を投げかけているものがあることに気づくはずだと、スピリチュアル・リーダーたちは言う。

        私は、身を糺してその示唆を受け止めたいと思う。「全てが自分のためにOK」なのだということを。

        posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 13:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        ☆起きることが起きている
        0

          昨日に続く話だが、
          TUTAYAで借りたトークライブのDVD版
          「阿雲の呼吸 降参のススメ (阿部敏郎+雲黒斎)  」を観た件で。
          いくつか印象に残ったメッセージがあるが、
          特に、後半の方で、阿部氏が
          「起きることが起きている」という意味のことを言っていることについて、
          心に感じるものがあった。
          ご本人もそれまでの軽妙な調子を変えて、真顔で、強調しておられる。
          だけに、その思いの強さをDVDの中からも感じられた。

          事実、阿部氏のブログ
          いまここ
          本当は時間なんてなくて、本当は「いま」があるだけで・・・
          http://abetoshiro.ti-da.net/

          の中の2012年02月29日のブログで、

          降参(サレンダー)のススメ 
          http://abetoshiro.ti-da.net/e3359735.html

          に、「降参(サレンダー)のススメ」書籍の紹介をしているが、
          そ前半部分で、雲黒斎氏との出会いの妙について簡単に触れているが、
          その思いとともに、以下のように言う。

            「そう、人生はハプニングだ。
              自分が計画して生きているような気でいるが、実際は起きることが
              起きている。」

          と述べている。

          「起きることが起きている」とは、阿部氏の根幹にあるものの実感のようだ。
          その思いについては、今後、阿部氏の言葉から深く学ばさせていただくつもりだが。

          今の時点での話だが、
          その「起きることが起きている」について、
          私が感じていることについて述べさせていただきたいと思う。

          私自身も阿部氏のこの発言には、共鳴しているからだ。といって、決して、
          単に阿部氏の言葉尻を捉えて共鳴しているのではないと思う。
          少なくとも、
          どのようにという意味では説明しにくいが、私は、阿部氏の話の流れの中で、
          この言葉が私の心に突き刺さったからだ。

          誤解を招くことを恐れずに言うなら、ある意味、この「起きることが起きている」とは、
          宿命論的な要素を含んでいるが、そうではない。宇宙的な意思の観点で観たとき、
          私たちは、生かされ、そのように導かれているというのだという意味合いがあるのだろうと思う。私たちは、可能性に秘めた存在だ。阿部氏は、「今、ここ」の立場の方だ。
          無限の可能性を認めていないと、「今、ここ」の概念は、そもそも持てない。

          ただ、私たち自身の生き様を振り返るとき、なぜか、そのように導かれてきたのではないかという瞬間、思いを持てないだろうか。その時、同時に感謝の気持ちが沸々と深く湧いてくることはないだろうか。少なくとも、私には有り、私は、そうだ。そして、
          矛盾した言い方になっていることを、充分、承知しているが、
          私たちは、可能性に満ちた存在でありながら、
          一方で、どこかで、宇宙の大いなる力に、私たちひとりひとりに、
          細かな配慮がなされており、
          そうあるべき姿が導かれているという感じを抱かないだろうか。

          私は、阿部氏の「起きることが起きている」について、そのように受け止めた。
          あくまでも、私の受け止め方だ。

          私が、そう受け止めたのには、理由がある。
          簡単に説明するが、「気づき」だ。

          私たちが、単に、偶発的に、全くの成り行きで生きているのであれば、
          なぜ「気づき」などが、あるのだろうか。なぜ、その必要があるのだろうか。
          ということに行き着く。その「気づき」は、「インスピレーション」であったり「シンクロニシティ」でもいい。それは、目に見えない大いなる力の「配慮」「導き」ではないのか。
          と思ってしまうのだ。

          そう思いを強くしたのは、昨日、ある「気づき」があったのだ。

          それは、実はほぼ2ヶ月も前に、始まっていたのに、まるで気がつかなかった。

          私が、このブログにも書いたが、フィリピンに行った時のことだ。
          そこで、私が体験したのは、
          子どもたちがPCで遊ぶ姿を見ていた時だ。彼らは、FaceBookをやっていた。

          素直に認めるが、
          私は全く正当性もない、全く根拠のない理由で、ただインターネットと言えば、
          「yahooがポータルで、Facebookじゃない」という強い思い込みを持っていた。
          yahooに何の義理も、特典もないのに。

          そう思い込んでいた私にとっては、それが、なんとなく不快だった。

          と言って、
          もちろん私の思い込みを人に押し付けたりはしない。
          人それぞれ、国も違うしというレベルで、それも有りなのだろうぐらいに思っていた。
          私は、私でいいぐらいに。
          ただ「違うのにな…」と、違和感だけを感じていた。

          そしてなんとなく、何も知りもしないFacebookに少し腹が立っていたのは、事実だった。
          もう一度言う。私は、yahooに義理も何もないが。

          昨日まで、ほぼ毎日のように、そのFacebookは、いつも私に、何らかの意味で、
          私の世界に入り込んできていた。いつもそれは、やや不快な印象だけをもたらし続けた。
          どうしても、
          私の独善的な意味のない頑固さが
          「yahooがポータルで、Facebookじゃない」という思いが、
          理解の邪魔をしていたようだ。

          そして、昨日、それが、実は、私への重要なキーワードであり、
          内なる声のサインだったのだということを、はじめて気づかされた。
          気づくまでに、
          2ヶ月も掛かるなんて。内なる声も、きっと呆れたろう…。

          ある自己開発系のYouTubeの動画を見ていて、その人物のプロフィールを見ているうちに、
          ハッと気づいたのだ。

          実は、私は、いま自分の本業で、立ちはだかった大きな壁とそれを超えるのが難しい問題を抱えていたが、それを乗り越えるものの一つとして答えが、
          実は、本業のインターネットの中にあったこと。
          そして、それが何と、
          Facebookをはじめとするインターネット全般のツールだということに、改めて気づかされたのだ。Facebookは、私への気づきのための「キーワード」だったのだと知らされた。
          ほんとに
          内なる声のサインだったのだ。

          「yahooがポータルで、Facebookじゃない」という、
          勝手に私が強い思い込みを抱いていたために、それを打ち砕くために、
          「気づき」は、ときには、意外な、あるいは不快な形でもアプローチしてくるのだなと、
          つくづく思わされた。

           



          posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ☆感謝の傘
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            昨日(5日)のブログで、”小さな感謝”というタイトルで、ブログを書かせていただいた。
            夜、急な雨で有名自動車のディラーの軒の下で、にわか雨を一時的に凌いでいた時、そこの残業か何かで、遅い帰宅をする社員から、傘を差し出された話を書いた。
            そして、文末の結びで、この傘を返却しようと思うと書いた。
            その続編を書かせていただく。

            まず、ビニール傘を返しに行ったことをお知らせしておきたい。
            昼間観ると、超大手の自動車販売のディーラーだった。
            何度かそこを通っているが、改めて外観を臨んだのは、初めてだ。

            キャンペーンガールのような受付はいないので、とりあえずホットするが、
            その代わり、ガッツ石松似の粗野男性がツナギを着てオフィスに座っているのが見えた。
            勝手口というのも変だが、表入口を避け、職員通用口のガラスドアから、そのガッツ石松の男性に
            「あの…」というような挨拶混じりのお辞儀をした。

            しばらく相手は、キョトンとしてこちらを見ている。
            どう見てもここへ来る客には見えない。とんでもなくラフな格好の姿の私を訝ったのだろう。
            例えば、
            「怪しい(押し売りの)物売りか。それにしても何ももっていないし…。ショボイ傘を手にしているだけだ。ナンダこの男は」という表情を全て読み取ることができた。

            それでも、怯まず、ガッツ似の男に、再度、丁寧にお辞儀をする。

            私が、職員通用口の自動ドアの前に立つと、やっと、相手が、イスから腰を上げて、
            「何か?」という表情を向ける。

            どう見ても「ガッツさんだ。」

            瞬間的に、この人物に傘のいきさつを説明するのは、かなり厄介かも…と思った。
            「え…、なぜ?」

            相手は、何も知らないのだから。傘を相手に差し出す私に対して、
            なんだこのボロいビニ傘は、と思っていただろう…し。

            「何故かって、ガッツ」だからだ。

            この職員の場合、
            こちらの話を聞いて、すぐに事情を呑み込み察知してくれそうな、1を聞いて10を識る、
            読みとれるタイプには、とても見えない。思えない。
            説明するのが難儀するだろうと、直感した。

            事実、その通りだった。
            終始、私の話を訝るように、聴いている。

            昨日(4日)のような善意を差し向けてくれた同じ仲間の職員とのギャップを
            どうしても感じてしまう瞬間だった。

            だが、
            ここでも、私は、ある意味、ホッとした。
            厄介だが、ホッとした。
            私は、私の思惑どおりに説明しよう。相手に通じなくてもと思った。

            私は、ここへ来る途中、やや悩んだ。相手は何も知らないだろうから、
            どうしても若干の説明が必要になるだろう…ことを。

            だが、いずれにせよ。
            相手が分かろうが、分かるまいが、私の思惑どおりに進めて、ここを去ろうと
            思った。

            そして、事実、私の思惑は、スベった。思い切りスベった。
            そりゃあ、それにしても、そうだが。
            でも、笑うしかない。ただ、アドリブの利かない真面目な人たちが多いのだなと思った。

            いまの日本人の肩の力が入ったところは、何かしら、現代日本の心の貧しさを象徴していると思った。

            以下は、私の思いっきりスベった実際のやり取りの話だ。

               「あの…、昨日、9時30分過ぎ頃、雨が降り、こちらで(その場所を指で指しながら)
                雨を凌いでいましたら、こちらの職員の方が、この傘を差し出してくれまして。
                それで、
                感謝の気持ちを込めて、お返しに上がりました。ありがとうございました。
                これは、感謝の傘です。感謝の傘をお持ちしました。」

               「……(ポカーン!)」

                相手に傘を渡して、
                もう一度、
               「これは、感謝の傘です。」

            と、述べた。

            予想通り、
               「オッケー牧場」では、なかった。
            本物のガッツさんなら、言ったかもしれない。

            ともかく、
            相手は、全く飲み込めていないようだが、
            受け取った傘に目線を落として、じっくり見ている。

                「感謝の傘ですから。」

            と、もう一度、「いいですか?」という気持ちを込めて念を押しをした。

            そのまま私は駅に向った。

            「やっぱり、通じなかったな…」と、道すがら、そう考えた。
            本当は、
            もし、「どなたですか?」と訊かれたらと、実は、シュミレーションし、
            考えたいたセリフがある。

            スベリついで、言っておこう。

               「どちら様ですか?」

               「福の神です。」

            と、言いたかった。もっとも、洒落が全く通じないことが、分かっていたので、
            そう答えることもなく、それはそれで、良かった。

            もし、そう答えていたら、200メートルほど先に、警察関係の寄宿舎のある、
            通り沿いなので、
            変な奴が来たと通報されていたかもしれない。

            どんな時も、
            相手が真面目一本槍だけでなく、ほんのすこしユーモアを返すほどの余裕があれば、
            日本の再生は、早まるだろうに…。

             



            posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 13:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ☆いま、満足する
            0

              自分の置かれている状況や状態をなかなか変えることができないというのは、
              くり返し同じような問題が起きているか。
              あるいは、それがいつまでも継続しているということでもある。

              別な見方をすると、

              自身の気づかない根深い思い込みの中で、
              意識的であるか、無意識的かにかかわらず、自ら望まない状態を生み出すような問題を
              選択をしている可能性がある。

              私たちの置かれている状況や状態は、それが望んでいないもの、結果であれば、
              常に「問題」を抱えているということであり、同時に私たちが考えていることの「答え」でもある。

              「答え」という言い方は、
              ジョー・ビタリー博士の「ザ・キー」(ジョー・ビタリー[著] 鈴木彩子/今泉 敦子[訳] イースト・プレス)の言葉を借りれば、

                 「あなたが人生で経験することは、すべてあなたが『引き寄せ』たのです。
                  悪いことが起こるのは、あなたが無意識で引寄せたからです。」
               (前出)
              ということになる。

              ビタリー博士は、続けて、

                 「経験を背後であやつる心のプログラム(=隠れた思い込み)に気づけば
                  悪いできごとを遠ざけて、自分がいいと思うことを引寄せられるはずです。」
                           (前出:()内は当ブログで追加)

              ともいう。

              また、
              ビタリー博士は、ほしいものを引き寄せるための最大の秘訣を示唆している。
              それは、

                 「いま、満足すること ―― それが成功の鍵です。
                  奇跡は、いま幸せなひとにもたらされます。」 
              (前出)

              という。

              「幸せなひと」が、さらに幸せになるとは、
              なんという不公平なことだろうと思うかもしれないが
              残念だが、成功法則は、常に、私たちのいま辛く苦しいという思いとは、
              常に逆を突いたところで機能する。

              私たちの多くは、現状に満足せず、常に不平・不満に満ちている。
              だから、
              成功法則を学び、試しているのにという理不尽な思いに駆られる。

              しかし、私たちが私たちの状態に満足していないということは、
              私たちの思いが、不平・不満、不幸といった望んでいないの側の方を、
              いつも考えているということでもある。

              そのことに気づかず、私たちの思いのエネルギーが、何かとネガティブな状態ばかりを選択し、
              フォーカスしていることになれば、結果は、それにふさわしいものになる。

              思考が現実を作り出すのだという前提に立てば、
              その作用のすべてを、ネガティブな部分に向けている分、結果の反作用は、
              それに呼応したものとなるのは、当然の結果なのだ。

              皮肉なロジックがそこにあるのだ。

              ビタリー博士は、
              「いま、満足すること」をもう少し、丁寧に記述しているので、
              それを紹介しておこう。

                 「ほしいものを手に入れるための最大の秘訣は、いまこの瞬間に心から感謝すること
                  なんだ。この瞬間をありがたく思うとつぎがおのずとやってくる。なんらかの行動を
                  起こすよう催促されるんだ。それが自分をさらに上へと導くことになる。」 
              (前出)

              と述べている。


              posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              ☆感謝がもたらすもの
              0

                このブログでは、度々、感謝について書いている。とても重要だと思っているからだ。
                これからも機会あるごとに、自分自身の気づきと自戒を込めて、
                この感謝のテーマは扱って生きたいと思っている。
                感謝は、私自身、本当に大切なことなのだということが、
                少しずつ深みをもって分かってきているからだ。

                ヴィターレ博士の著作「宇宙スィッチ」(ジョー・ヴィターレ[著] 住友進[訳] サンマーク出版)の中に、感謝について重要な記述があるので、引用をさせていただく。

                  「エネルギーの中でもっとも強いパワーをもつのは、感謝の心です。あらゆることに
                   感謝の心をもてば、あなたの感じ方は変わってきます。」 
                (前出)

                と記述がある。

                  「感謝の心をもてば、あなたの感じ方は変わってきます。」 (前出)

                とヴィターレ博士は、”何らかのカタチでの変化がある”と言う意味合いで、
                私たちに暗示を投げかけたのだ。

                どう変わるかを、記述の中から見出していきたいと思う。
                この記述があるのは、著作の中の≪「感謝の心」がもつエネルギー≫p188だ。

                この項目の中の前段で、
                私たちが、いま持っているもの、所有しているものに、感謝すべきだという。
                なぜなら、他人との比較において、私たちは、つい持っていないことに不満を持ちやすい。
                それは、とてもネガティブなことだ。

                これについて、
                ヴィターレ博士は、

                   「自分がもっていないものに意識を集中させることは、あなたにとって
                    何の得にもならないのです。
                    (私たちの回りは)莫大な富に恵まれていることに気づき、そのことに
                    感謝すべきです。そうすれば、今よりはるかにたくさんのものが
                    あなたのもとに引き寄せられてくるでしょう。」
                (前出)

                と述べている。

                さらに、この項目の後段で、前述した

                  「感謝の心をもてば、あなたの感じ方は変わってきます。」の意味が、分かってくる。

                あるどんな治療効果もなかった重度の肺炎を煩ったヴィターレ博士の友人の話が出てくる。
                この友人は、感謝のメッセージを宇宙に投げかける習慣を実践し、
                病気が癒えた例として挙げられているのだが。
                この友人は、儀式のように、一日のうちで一時間おきに感謝のメッセージを唱え、
                紙につづった。それが効したのかどうか、完治したという。
                詳細は、本をお読みいただきたいたが。概略はそのようなもので。

                ヴィターレ博士も、そのことについて、理由も説明もできないがとしつつ。
                感謝の効用だとしている。

                  「私たちが送り出しているエネルギーが、ものを引き寄せるサインとなっていることは
                   確かです。サインが変われば、結果も変わってくるでしょう。」
                (前出)

                これが、上述のヴィターレ博士から投げかけられた暗示の答えだ。
                このメッセージは、別な言い方をすれば、

                「与えたものが、受け取るもの」という意味であり、古くはイエス・キリストの言葉であり、
                バシャールも、YouTubeの動画の中で、
                   バシャール〜『創造の4原則』
                   http://www.youtube.com/watch?v=y_iA9Owvmwc

                そのメッセージの創造の4原則の3番目にあたる

                   「あなたが与えたものをあなたは受け取るのです。」

                と、言っているメッセージでもある。

                感謝のメッセージを
                私たちが、発信するときは、その相手やモノ全般にいう場合が多いかもしれない。
                だが、それは同時に、相手やモノ全般だけでなく、宇宙がそれを受け取っているということでもあるのだ。
                つまり、私たちの発信するメッセージは、宇宙に投げかけたことと同じなのだ。
                宇宙が、感謝されたとの同じ意味だ。宇宙が感謝をされれば、

                  「与えたものが、受け取るもの」ということで、

                私たちは、再び感謝したくなるようなものを受け取ることになるのだ。
                これは、感謝をすれば、するほど感謝の循環になるということだ。

                この「感謝の心」のパワーについては、
                ヴィターレ博士が出演し、本にも登場している。
                あの「ザ・シークレット」(ロンダ・バーン[著] 山川 紘矢+亜希子/佐野 美代子[訳] 角川書店)の≪感謝の力≫の章の中で、
                ヴィターレ博士が冒頭のメッセージがとても力強い。
                その一部を紹介したい。

                   「人生を好転させるために、あなたは今、この瞬間に何ができるでしょうか。
                    真っ先にできることは心から感謝できることの一覧表を作ることです。」
                                                             (ザ・シークレット:前出)

                と述べている。

                ヴィターレ博士が、
                「人生を好転させる。」「あなたの感じ方は変わってきます。」
                という示唆がするように、
                また
                「ザ・シークレット」の本の小見出しにあるように、
                文字通り、「感謝は、力」なのだなと理解できる内容だ。




                posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 13:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ☆不平と感謝
                0

                  ジェームズ・アレン氏は、「きっとすべてがうまくいく!」
                  (ジェームス・アレン[著] 坂本貢一[訳] PHP文庫)の著書の中で、
                  より素晴らしい人生を獲得するためには、「心の法則」をよく信頼し、
                  同調することことだという。
                  その心の法則とは、次のようなものだ。

                    「『原因と結果の法則』は常に機能しています。」 
                                   (ジェームス・アレン[著]:前出)

                  と言うものだ。 

                  それを理解すれば、
                  日ごろ私たちが何気なく口にしているかもしれない不平や不満の数々。
                  ――普段はそこに秘匿されているそれらのパワーによって、
                  どれほど私たちが望まない悪い結果をもたらすかということを
                  気づかされることになる。

                  だから、アレン氏は次のようにも示唆している。

                    「不平をいうのは、もうやめることだ。それは、あなたを自己破滅へと導く
                     恐ろしい罠である」
                   (ジェームス・アレン[著]:前出)

                  からと、

                  ”恐ろしい罠”がそこにあるのだという。
                  つまり、
                  『原因と結果の法則』が、厳然と機能するのであれば、

                  不平不満を抱き、フォーカスするということは、

                  潜在意識のレベルでは、その 責任のないことで、
                  「なるほど、そうか。(お前の気持ちは)よく分かるよ」というような、
                  同情や慰めもない。なんら判断さえ下されない。
                  そして、
                  不平不満を(原因)として、不平不満にふさわしいか、あるいは同等以上のよくない(結果)を被るということだ。

                  仮に私たちの側に、どれほど不平不満を言いたくなる状況があったとしても、
                  そのような境遇には、≪感謝≫で望むべきだと。

                  植西 聡氏は、
                  「マーフィー奇跡を起こす魔法の言葉」(植西 聡[著] PHP文庫)の著書の中で言う。

                     「今の状況に感謝するように努めれば、不平不満の念が薄まれ、
                      状況だって好転するようになるのである。」
                  (植西氏著書:前出)

                  望ましくない状況に対し、不平・不満で向き合うのではなく、むしろ今その状況に
                  ≪感謝≫することが、最良の方法だという。
                  その際に、焦らないことが重要だ。

                  バシャールは YouTubeの動画
                  望むリアリティを創り出すマントラ 2/2  バシャール Powerful Mantra, Bashar
                  http://www.youtube.com/watch?v=CX41zOQ6nE0

                  で、次のようにメッセージしている。

                     「『与えるものが受け取るもの』『存在のあり方が周りの状況を決める』
                      ということは真実ではありますが、いつも始めは、何も変わっていないように
                      見えるのです。特に皆さんの時空間では。これは、皆さんの新しいあり方を
                      確実なものにするチャンスなので、状況が変わらないように見えても、
                      以前とは違う対応を返すことによって、本当に変わったんだということを示し、
                      皆さんの変化が、周りの状況に反映されることを許すのです。」

                  と。

                  バシャールその指摘で、物理的な現実や状況は、すぐには目に見える変化をしないこと。
                  つまり≪感謝≫によって、いままさにその望まない状況に向き合っても、
                  それまでの現実(リアリティ)の名残り(エコー)があって、動きが遅いという。
                  だとしても、

                     「『原因と結果の法則』は常に機能しています。」
                       (ジェームス・アレン[著] 坂本幸一PHP文庫)

                  なのだ。

                  そのような場合にも、決して、ネガティブに反応することなく、その望まないリアリティを
                  受け入れ、≪感謝≫しつづけることが、その変化を促すことになるという。




                  posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 12:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ☆「ありがとう」の言葉を大切にする
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                    「ザ・シフト」(DVD)には、ウエイン・W・ダイアー博士がメインで出演している。
                    この映画は、ダイアー博士が、〈人の目覚め〉あるいは〈悟り〉を得る時をテーマにしている。
                    映画の内容は、簡単に言うと、ダイアー博士のインタビューを撮影しているのを撮影するというメイキング仕立てふうの設定の中で、周りで身近な人たち誰にでも起きる様々な人間模様も絡んでくるという映画だ。今日のブログの本題とは、直接、関係がないのと、この映画の説明は、ちょっと、ややこしくなるので、省略させていただく。

                    このムービーの前半で、ダイアー博士が、まだ暗い明け方にベッドから目覚め起き上がるシーンがある。顔は、ダイアー博士の横顔のアップだ。
                    そして、ダイアー博士は、「ありがとう。ありがとう。ありがとう。」と、
                    3−4回ほど、もの静かに口にする。

                    とても印象的だった。

                    そこに神がいて、まさに神に感謝するように呟いた。
                    このシーンのことが私は、書きたかった。

                    わざわざ、この映画の中で、こうしたシーンを撮ったということ。
                    そこに大きな意味がある。
                    もう一度、強調する。
                    わざわざ、こんな地味なシーンを撮ったのだ。そして、映画の中に織り込んだということだ。
                    ホームビデオで、素人が、趣味で撮ったショボイムービーなどではない。商業ベースに乗せる意味でも、高い制作費を費やしてこの映画の1シーンとして撮ったということである。

                    この「ありがとう」を口にするシーンは、ダイアー博士の「ありがとう」の言葉を、
                    いかに深く重視しているか、その気持ちがよく現れているシーンなのだと思う。
                    だから、他のどんなシーンよりも鮮明に私の記憶には残った。

                    「ザ・シークレット」(ロンダ・バーン[著] 山川紘矢+亜希子・佐野美代子[訳] 角川書店)のP124に、ジェームス・レイの話がある。

                      「感謝するということは私にとってとても強力な実習です。私は毎日目が覚めると
                       『ありがとう』と言います。また毎朝、床を踏むたびに『ありがとう』と言います。
                       それから自分が感謝しているものを次々と思い浮かべます。」
                    (前出)

                    と述べている。

                    私は、ダイアー博士の「ありがとう」を口にしたシーンを観たとき、
                    DVD版「ザ・シークレット」で、このジェームズ・レイが「ありがとう」を口にしていたシーンをふと思い出したのだ。

                       「あの時と、同じように言っている…。」

                    そして、思った。

                    成功者と言われる人たちは、この「ありがとう」の言葉を、
                    無条件で大切にしているのだな、とつくづく思った。
                    そのどちらのシーンに対しても、

                      「たかがムービーのシーンじゃないか。それ用に撮っただけじゃないの。
                       そんなの真に受けるなんて、アホになんじゃない。単純過ぎるよ。」

                    という見方(受取り)をする人もあるだろう。

                    私は、そういう人は、それでいいと思う。否定するつもりなど、さらさらない。
                    しかし私は、違う。
                    そして、私自身も、朝目覚めたとき一番に、布団の中で、

                      「幸せだなあ。感謝しています。ありがとうございます。」と、何度か口にしている。

                    なるべく、にこやかな気持ちでやるようにしている。
                    感情も込めている。
                    正直、人には見せたくない。頭がおかしくなったと思われそうだ。

                    その実践を行って、もう数ヶ月にくらいになると思う。
                    途中、挫折したこともあったが。それでも続けていて、
                    ここ最近、自分の中で、何かが違ってきていることを感じている。
                    特に、ここ数日、昼のあいだは、もちろんだが、
                    夜でも気持ちの内側がとても明るいのだ。
                    それを特に感じ始めている。
                    筋金入りという言葉があるが。身体の内側に、明るい筋金が入ったみたいな。
                    そんな感じだ。
                    もちろん、だからといって、嫌なことが何も起きないかというと、
                    そんな都合はよくない。嫌なこととも出会うが。それでも、
                    基本ベースは、明るい筋金がちゃんと貫かれている感じを受ける。

                    「ザ・シークレット」のこの引用の一行前に、本の中では、
                    ジョン・デマルティーニ博士が、次のように述べている。

                       「自分が思っていること、感謝していることを私たちは引き寄せます。」 (前出)

                    と。

                    感謝には、こんな力が潜んでいるのだということを、改めて見なしても良いのではと思う。




                    posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 12:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ☆感謝の心とエネルギー
                    0

                      今日は、日本列島が低気圧の異常な発達で一日荒れるという。
                      列島の南の方では、すでに荒れた地域もあるようだ。この荒れ模様は、北上するらしい。
                      プラスとマイナスの境目。季節の変わり目。気温の高いところと低いところの境目。それぞれは、単にエネルギーの性質の違いというだけでなく、温度の差があるというだけでなく、せめぎ合いがあり、いろんなことが起きる。
                      この世の中は、実におもしろいことが起きるようにできている。

                      ふと思った。「天気にも気分があるのだな…」と。
                      天候にも感情があるのだなと思ったということだ。だから、雨の日もある。
                      風を吹かせたい荒れた気分にもなる。「だから天の気分ということで”天気か”」と。
                      天候を擬人化して考えてみたのは、初めてのことだ。天候に、人間のような気分があるのだと思うと、何だかおもしろい。
                      大地が揺れたり、火山が噴火したり、海が荒れたり、天候の不順が続いたり…。
                      大真面目に言うのだが、ひょっとすると、地球全体が、人間の気分と同じものがあると考えるのは、
                      案外、正しいのかもしれない。心に揺れる人間たちの気分を何らかのカタチで反映しているのではないだろうか。
                      そんな感じを抱くのは、
                      人間の心の深くを描いた=この映画では、主に罪悪感…がテーマとなった不思議なトーンの
                      アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」のエンディングシーンの影響か。
                      以前、このサイトで、
                      2011年12月12日 ☆心の海 http://succes-fou.jugem.jp/?eid=99 で、
                      その話を書かせていただいたので、初めての方は、参照していただけたらと思う。
                      この物語のエンディングは、惑星ソラリスのフルショットにより、

                      思考の海の姿で終わる。
                      謎めいた惑星全体がグリーンで物静かな海の姿だ。印象的だった。

                      あのシーンが意味していたのは、”地球は、人間とは別個の物質的なものでなく、
                      全体を含めた英知の惑星地球を暗示”していたのかな…とも、
                      今日の天気とともに改めて思う。

                      以前、モノレールに乗っていた時に、電車のポイント切り替えの模様を見た。
                      途中の中間駅で、普通列車が、急行に抜かれるシーンだったり、始発・終着の駅でのポイント切り替えだ。単線特有のものだ。
                      特に、おもしろかったのは、中間駅でのことだ。急行の追い抜きを待つため、私の乗った電車が駅の反対側のホームに退避した。これまで進行を続けていたコンクリート製の本線の線路は、
                      運転席の前方20メートルぐらい先が切り離され、こちらの線路は、一時的に、進める先の線路がなくなった。切り離された本線の先端部分は、ゆっくりオートマチックに移動する。
                      こちらから見て、右側に振られて、本線と繋がった。そこへ、まもなく急行が、乗り過ぎていく。
                      その後しばらくして、いままでと反対の動作が行われて、こちらの普通電車にも、線路の先が本線と繋がった。どうということない光景といわれれば、それまでだが。私は、タイムラインとは、まさにこういうものに近いんだろうと思った。シフトする瞬間の喩えの一例でもある。一気に、飛び移るというイメージでもいい。もっと違う方法もあるのかもしれない。どれが正解かということには意味がない。ただシフトとは、私たちの人生ライン上にあるということのイメージとして、一例を挙げてみた。
                      この電車の場合。退避する側の電車は、元の線路と連結するのを待つが、私たちのタイムラインの先には、あらたに繋がった新しく用意された別の道ができるのだ。
                      ここにも、モノレールの切り替えと同じように、人生を選択する境目があって、選択した方のラインへシフトがされる。シフトとういのは、いつでも、どんなときでも「たった今」行われる。その時の私たちの心が問題になる。ポジティブな選択をしたのか。ネガティブな選択をしたのか。
                      それが、その先を現実化する。
                      「たった今が」ポジティブで居られるのか、ネガティブでなのか。それは、私たちの心がけの問題でもある。

                      ジョー・ヴィタレー博士の著書「宇宙スィッチ」には、
                      ”「感謝の心」がもつ強大なエネルギー”の小見出しの中で、次のような記述がある。

                        「エネルギーのなかでもっとも強いパワーを持つのは、感謝の心です。
                         あらゆることに感謝の心をもてば、あなたの感じ方は変わってきます。」 
                      (前出)

                      という。

                      さらに、ホームレスを体験したこともあるヴィタレー博士だが、
                      一文無しだったその時期なのだろうか。
                      ジョナサン・ジェイコブス氏に会ったときに気づかされた思いについて、

                        「彼が気づかせてくれたのは、『私はすでにたくさんのものを所有している』という
                         ことでした。」 
                      (前出)

                      と述べている。
                      ヴィタレー博士は、第3世界の飲む水さえない貧しい人々の暮らしの話にもふれ、そこでは、私たちが貧しいといっても、比較にならないほど、私たちは、恵まれていることを強調している。
                      それを、踏まえて、

                        「『でも、私よりもたくさんのものをもっている人も大勢いる』などと考えては
                         いけません。今は『もっているもの』に感謝するときです。それに、
                         すでに学んだように、自分がもっていないものに意識を集中させることは、
                         あなたにとって何の得にもならないのです。」 
                      (前出)

                      と自らの体験を滲ませながら、そう伝えている。

                      ここで言う「もっているもの」「もっていないもの」に対する時に、感謝の気持ちを表せるかどうか、あるいは不平・不満をあげつらうのか。そのどちらに、フォーカスし、選択をするのかが、私たちのタイムライン(人生ライン)の分かれ目でもあると思う。それは、常に、いつでも選択可能な分岐点にあり、私たちの自由が保障されているその「たった今」にあるのだ。

                      冒頭に天気のことを書いたが、ままならない天気は、私たちの気分をどこか反映しているのだと、思う方が、より自然だと私は勝手に感じている。
                      いま”ままならない天気”と書いたが、しかし法則は、厳然としてある。法則だからといって、
                      私たち人間が考えるほどに、ガチガチに、あるいは生真面目を前提にしているわけではないようだ。常に、懐が広く、常に”遊び”に満ちているようだ。
                      だから、私たちの思うようになかなかいかないように見える。
                      だが総じて、現実はオブラートに包まれているかのように見えるが、

                      それでも法則は、厳然と貫かれていることを見失ってはいけない。

                      ヴィタレー博士は、次の言葉を投げかけている。

                        「感謝することであらゆることを変えていくことができます。自分が所有しているものに
                         心から感謝してください。」 
                      (前出)

                      と。



                      posted by: fukugakuru358 | 005/感謝 | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |