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☆muteki
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    このブログを見ていただいている方の中には、
    「GTA5」をご存じの方が多少はいるだろうか…。

    アメリカのゲーム『グランド・セフト・オート』(Grand Theft Auto、略称:GTA)の
    そのシリーズのことだ。
    正直、言うと、私はゲームが全く苦手だ。基本的に好きではない。
    2−3分やったら、もうどうでもよくなる。

    固より、ゲーム音痴なのだから、私が、『グランド・セフト・オート』について語る資格は、
    全くないと思っている。
    語れば、すぐにボロが出るので。その意味で、ほんの触りだけ。

    私が、今日のこのブログを書こうと思ったモチーフレベルで、
    感じた重要なポイントについてだけ触れたいだけだ。

    私には、このゲームについて、全く知識がないのだから、ウィキペディアから、
    簡単な説明を引用しておこう。

    グランド・セフト・オートシリーズ
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA#.E6.A6.82.E8.A6.81

      「『グランド・セフト・オート』(Grand Theft Auto、略称:GTA)は、
       アメリカのゲーム制作会社・Rockstar Gamesが発売したコンピューター
       ゲームのシリーズ。架空の街中で突然人を殺害したり、車を盗んで走り回るなど、
       犯罪を中心にした放埒な内容が特徴。2013年9月時点では、全世界でシリーズ
       累計1億5000万本の売り上げを記録[1]している大ヒット作品である。」

                                 (ウィキペディアより)

    とある。

    私がこのゲームを知ったのは、数週間前ぐらいだった。
    YouTubeの動画で、おもしろゲーム実況者の紹介動画で知ったのだ。
    なぜ、
    このゲーム紹介を見たかというと、
    スピリチュアルな理解として、私たちの人生で向き合う現実は、
    「人生はゲームである」ということと大いに関係しているからだ。

    大いなる内なる自分に仕向けられた、制限だらけの物理的な現実を生きる
    エゴの自分自身を解釈するとき、

    コンピュータゲームの作中人物が、ゲーム上のさまざまな展開で、
    文字通り、振り回され、闘ったり、乗り越えたりというあたりが…。

    そこを、
    あえてかなり乱暴な言い方をすれば、私たちの人生も、所詮、こんな感じなのかなと、
    ちょっとした感覚を持つからだ。

    だから、ゲームをうまくこなすということに関心があるわけでは決してない。
    私が感じ取ろうとしているのは、いつも、
    ある意味コンピュータゲームに興じるハイヤーセルフと
    物理的な現実――3Dゲームのフィールドを生きるエゴとしての自分との
    対比で見るときに興味を惹く。

    最近のゲームは、かなりリアルだ。映像が非常に素晴らしい。
    とても緻密に作られており、その分、製作現場は恐ろしく大変だったろうと、
    つくづく思う。と同時に、表現は、グロい。

    はっきり言えば、暴力シーンなどが過激で、酷く生々しく、
    ここまでやるのかというほどだ。

    このブログでそれを表現するのも憚るので、とにかく「エグぃ」という言い方で、
    さらりと済ませたい。
    そこにフォーカスするのが、このブログのテーマでも、狙いでもないので。

    前述の「GTA5」に話を戻そう。

    ウィキペディアなどの説明によれば、
    「GTA5」は、

      「オープンワールド型クライムアクションゲームである。」(ウィキペディアより)

    だとあった。
    ゲーム紹介の実況動画を見る限り、このゲーム一体、どうなっているのかと、
    驚くくらいに
    設定の自由度が高く、さらに、さらに新奇の目を見張る。

    私の知る限りで言えば、このゲームは、
    好き勝手に、まるで犯罪者のごとく振る舞えるということだ。
    それが、既存のゲームとちょっと異なり、びっくりする。

    自動車やバイク、そのほか、飛行機やヘリコプター、その他、状況次第で軍関係に至るものまで、手当たり次第に奪い取ったり。そして使い倒し、街を荒していく。
    あるいは、ちょっとした挑戦も行える。

    その挑戦というのは、はっきりいって、粗っぽく、不毛なものが多い。
    超高層のビルの屋上から、バイクで飛び降りるだとか。
    急峻な山の崖から、ロードバイクで、下りるだとか。街中で、銃を乱射するというのもある。

    とにかく、内容が過激なゲームなのだが。

    YouTubeの実況ゲーム動画の中に
    こんなタイトルがある。

    【GTA5】無敵になって警察と戦ってみた
    http://www.youtube.com/watch?v=Zx8DieBC4jE

    だ。
    この動画を見ているときに、ゲーム実況者の言葉から、
    「はっ」とする言葉を聞いた。

    ゲームの主人公には、無敵になる特別な設定があって、撃たれても死なない。
    あるいは、反撃する弾にもあたりにくくなるのだろう。そんな都合のいい設定があるのだが。

    このゲーム実況者が、ゲーム主人公に無敵設定をして、
    街中で警察関係者や軍までを相手に、銃機類を乱射し、自動車を破壊する。
    応戦する相手を悉くせん滅していくそんな内容だ。12分ほどの実況なのだが。

    その時に、この動画のUP主が、2分30秒付近で、口走った言葉に、
    私は、ちょっとした気付きを得て、反応した。ゲームの1分30秒付近から、
    その流れを、大まかに記述しておこう。

    実況者:「戦争だ。戦争だ。…。」
       
       交差点で、マイケルという主人公が、銃を乱射する。
       警察関係者らが、この銃乱射男を制圧しようと、交差点に集結してくるが。
       マイケルは、無敵だ。いま不死身なのだ。

    実況者:「あ、いけねぇ。(弾が)当たんないねぇ。」
      
      ゲームの進行上、武器を交換する設定の画面が出る。再びゲームが、
    続行され展開される。

    実況者:「戦争だ。戦争だ。完全無敵ですよ。完全無敵。フッ!フウー!いいねー。」

      またまた武器を交換設定。武器選びの画面が出る。

    実況者:「クルマ来ないね。あ、いた、いた。(ズドン!)。ヨォーイッショ!
         じゃあ、ヘリコプターを撃ち落としましょ!(バリ、バリ、バリ、バリッ!)」

       命中し、ヘリが空中で、粉々に。
     
    実況者:「♪〜、ヘイ、ヘイ! これは未来から、持ってきた武器だ。
         ド、ド、ド、ドーッ、ハイ、オッケー!」

      実況者は、怖いものなしで、とにかく無敵の主人公マイケルをコントロールし暴れまくる。

    そして、次の言葉以降で、私は、気付くことになった。

    なんと、ゲーム実況者の口から、
    スピリチュアルな示唆を与える言葉が発せられるのだ。
    もちろん、本人にその自覚はないと思うが。

    実況者:「完全に無敵。もう…、つまらないねぇー、これ。もはや、つまらない!
         ターミネーター、ターミネーター化しているね。」


    人は、身体を鍛え、知恵を学び、いろいろな力を付け、どんな敵、どんな状況、
    どんな困難からも、無敵でありたいと思うが。

    いや無敵になりたいと思って、いつも希望し念願しているが、
    いざ、それが手に入ったとき、この実況者の何気ない一言は、
    驚きの示唆だと言える。

    このゲームについて、あるいは、この実況者についても、
    私はどうのこうの言うつもりは一切ない。

    それは、各人が、各様に思えばいい。

    だが、どんな場面にも、ちょっとした示唆が含まれているものだな
    ということは言っておきたい。気づくかどうかだけなのだ。

    昨日、書いたブログで紹介した

    故・津留晃一氏の「変容」
    http://www1.ttcn.ne.jp/turu/16henka.htm

    の中でも、語られているが。

    スピリチュアルな次元でいえば、
    私たちは、本来、完全無欠な存在なのだ。無限のパワーを持つ存在なのだ。

    なぜなら、
    神(あるいは創造主)が、完璧な存在であるということに異論を唱える者は、
    まず原則いないだろうと思う。
    だとするなら、

    その完璧な存在の神(創造主)が、創ったものが、私たちだとするなら、
    欠点だらけ、不足だらけだと考えるのは、どう見ても矛盾だ。
    神が欠陥品を作る訳がないからだ。
    神(創造主)の創りしもの、神の似姿の私たちは、固より、完璧なのだ。
    だが、私たちが、無敵なもの、全能を求めて、不足を思うのは、
    なぜなのか。

    それは、
    あえて自ら制限をかけて、この物理的現実にいる必要と理由があるからだ。
    あえて問題を、ただ問題だらけの世界を「体験」するという理由のためなのだ。

    それを踏まえた上で、津留氏は次のように述べる。

      「このままで何一つ問題がないところから創造した、
       問題の世界が今ここなのです。

       ここは問題の世界、
       あなたの人生ゲームを存分に楽しんで下さい。

       あなたはそのままで何ひとつ問題ありません。そのままで完全です。
       不完全なあなたこそが、今ここにいる理由なのですから。」

                       (津留晃一氏「変容」より)

     




    posted by: fukugakuru358 | 004/物理的現実と鏡 | 17:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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