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☆留め置くことのできなかった夢見
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    2-3日前に、とるに足りない1シーンの夢を見た。あえて言うほどの夢でもなく、
    何のための夢?と訝りたくなるような…。その程度の夢で。
    事実、目覚めた時は、「何なの」つまらない夢だったなと思った。

    本当にどうでもいい夢だった。

    だが、それでもちょっといつもと違っていたのは、
    目覚めた瞬間に、

    「はっ」としたことだった。

    その夢見と目覚めで体験する現実の切り替えに、「何か」を気づきかけたということが、
    これまでの夢見体験と大きく違っていたのだ。ならば、その夢の内容を覚えておこうとした。
    なぜなら、このブログに書きたいと思ったからだ。

    実際、その日はしっかり覚えていた。

    いつでも思い出せるほど、しっかり記憶したはずだった。(…メモしておけば良かった。)

    しかし、日々のしなければならない雑事などに追われ、すぐにブログを書く手間と時間が作れなかったこと。さらに言うと、
    夢に関連して、気になった「はっ」とするほどの、夢から得た”気づきつつ”あった内容が、
    「一体、何だったのか。」その「はっ」とした一瞬を手繰るうちに、
    肝心な夢の内容をすっかり忘れてしまった。

    何とも、情けない話だ。

    それでも、その夢見の印象の欠片(かけら)から、ヴァジム・ゼランド氏のリアリティ・トランサーフィンシリーズで展開されている、概念上の形而上学的な世界、バリアントの空間に
    ――その刹那、私の魂が夢見空間に居たのだなというちょっとした妙な感覚が持てたこと。

    厳密にいえば、それを何となく実感したように思ったのだ。
    もちろん、向こうを張って、自信をもって言えるようなことではなく、

    ただ感じただけで。
    いわゆる自分にとって都合の良い錯覚かもしれない。

    つまり、
    夢と目覚めとの境界にある橋渡しの直後の不思議な「気づき」の感覚は、
    私の魂が、ゼランド氏の言うように、バリアントの空間を自由に飛び回っていたのだなというような感覚を味わったことにある。

    魂が自由に飛びまったと大層にはいうものの、その実、一時的に記憶に残った夢の記憶は、
    1シーンだけだったし。

    まったく他の夢をついでに見たという記憶もない。

    なのに、夢と目覚めの橋渡し的な直後に得たものは、
    何かしら、魂が自由に飛び回っていたのだというどこか曖昧な印象だった。

    それは、
    私の魂が、バリアントの空間に無限にある人生ラインのセクターを、
    まるで夢見のインデックスのほんの一部をチョイ見し、スルリと掠めたのだろうという感じだ。

    私の前述の「『はっ』とするような何かの気づき」とは、
    その感覚のことだったのかもしれないと、今、このブログを書いていてそんな気がしている。

    いずれにせよ。
    私は、今となっては、夢の内容を忘れてしまったが。

    その後、私が振り返って考えたことは、
    夢見が、私の物理的な現実とは、大きくかなりかけ離れた、
    しかも、特にこれといった特徴もなく、面白くもない夢を見たということだった。

    その上で、
    再び、私の意識は、昨日に続く、ごく当たり前の現実化された人生ラインに戻ってきて、
    毎日とそう変わらない同じようなことを繰り返す「選択」をしたということだ。

    私の魂は、バリアントの空間を自由に飛びまわりながら、
    結局、いつもの日常とそう変わらない「選択」をしたという事実を
    いま体験している。

    おそらく、バリアントの空間で夢見した「とるに足りない夢」の現実化は、
    敢えて選択しなかったという事実だけが私に残った。

    蛇足ながら言うなら、

    私の魂が、バリアントの空間を自由に飛び回っていたという(=あいまいな感じだが)感覚は、
    他の人生ライン(セクター)の選択も、潜在的には可能性として”ある”のだということと知らされたこと。

    それでも、比較において、ほぼ現状を維持するかのような――物理的現実を継続する人生ラインを、そのままただ選択したのだなという印象を抱いた。

    重要なのは、私がバリアントの空間で見た夢も、物理的世界に現実化されて、どれほどリアルにある目の前の世界も、「私」の意識の世界の中で起きていることであり、すべては幻想に過ぎないということだ。


     





    posted by: fukugakuru358 | 004/物理的現実と鏡 | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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