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☆セパレート・リアリティ
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    そのゲームに、思わず惹きつけられた。

    はっきり申し上げておく。私は、ゲームは基本的に嫌いだ。
    だから自分でゲーム機器類を買って、
    あえてすることは今後も、きっとないだろうと思う。

    仮に、いま誰も使用することがないゲームが、たまたまそこにあって、
    誰かに遊ばれることを待っていたとしても、また、
    私が、とんでもなくいま暇であっても、あえてゲームをする気にはならないタイプで。
    私なりの思いに耽る方を選ぶだろう。
    といって、私は、ゲーム否定論者ではない。ただ、やらないだけだ。

    それでも、私たちの存在そのものが、意識しようが、しまいが、
    いま夢の渦中にあって、私たちは意識の中で、鏡に映った人生ゲームを楽しんでいる。
    その意味で、
    ゲーム嫌いの私でも、こちらの人生ゲームには、非常に強い関心を持っている。

    ちょっとこんな前置きをしておきたかった。
    私は、私の思うところがあって、ゲームの中に潜んでいる世界観については、
    大変興味を持っている。

    私は、自分ではゲームをしないから、どうしてもYouTubeなどの「実況系」の動画を観る
    ことになる。その動画を見る際にも、ある種、理屈っぽい哲学が私なりにあって、
    その心の琴線に触れるものでないとならない。

    一昨日、その琴線に触れるゲームの「実況」と出会った。

    実況では、「弟者」氏の動画が人気だ。私も、あの渋いドラマチックな声が好きだ。
    その日、
    たまたまCMなどでも話題になっていた「Watch Dogs」の実況”#7”ぐらいを観ようと思って、
    YouTubeを開いた。
    その動画を再生中に、ブラウザの右側のサブネイルの画像にふと目がいって、
    気まぐれに、そちらの(動画の)再生に気持ちが移ってしまった。

    動画のタイトルは、
    【弟者】P.T.【私の声が聞こえますか?】
    https://www.youtube.com/watch?v=P9P46bUl5xQ

    だった。サブネイルの写真には、沈黙を具現化した森の絵があった。
    そのサブネイルの不思議なトーンに誘われたというほうが正しいだろう。

    導入から少し奇妙な感じがした。【弟者】氏が編集で入れたものだろう。

    赤字で、
    「心臓が弱い方は視聴を控えてください」とある。

    そういう系かと思った。
    多分、グロ系で、最後まで見ることはないだろうと、そのときは思った。

    一応、
    簡単にストーリーを言っておこう。

    ある独房のような部屋の中で、「私」である主人公らしき人物が目覚める。
    なぜか倒れている「私」の傍らでは、
    交尾するゴキブリが大写しで、画面いっぱいに移動している。

    主人公の「私」は、誘われるように、ひとりでに開くドアの向こうへと、
    一歩踏み出す。ゲームの始まりだ

    そのドアの向こうは、薄明るい。
    狭い通路の壁には、灯りが煌々と点り、
    壁に飾られた不自然にたくさんある絵を際立たせている。
    部屋の様式は、どちらかと言えば、ちょっとしたセンスさえ感じさせるが…。
    どうも奇妙だ。

    どこか向こうからラジオかTVらしき音声が、わずかに聞こえてくる。
    近づくと、通路のそこかしこで、腐った食べもののカスや薬類、
    さらに空き瓶などが散乱してひどく汚れている。

    ラジオからは、どこかで惨殺事件があったことを告げている。
    壁や通路には、無数のゴキブリが這いずっている。すべてがどこかアンバランスで異様だ。
    そして、途中にもいくつか閉ざされたドアがある。または、勝手に開くドアもある。
    通路を突き進んできた向こうに、この通路を抜けるらしいドアがある。

    「私」は、ただ、突き進むしか方法がない。
    戻ることもできない。
    促されるまま、ドアを抜けると…。

    なんと、

    いま通り抜けてきたはずの通路へ、再び、やってきたではないか。
    どういうわけか、振り出しに戻ってしまったのだ。
    すべてが、また同じように一から始まる。

    このままでは、
    永遠に抜け出せないのではと思えるループ体験を幾度もするのだ。
    その度に、選択の余地がないように、おぞましい恐怖が「私」を待っている。

    そのループは、ループごとに、
    何かが違う体験をすることになる。
    その未曾有の恐怖は、何が現れるかわからない不安に彩られている。

    ストーリーは、ほぼこのような感じだ。
    ただ淡々とした通路が続くが、それが、妙に怖いのだ。

    きっと何かが待ち構えているはずだと思うが、その期待を見事に裏切る。
    そう単純ではない仕掛けがそこにあるからだ。
    いつも、何か、わからない恐怖が潜んでいる。
    その手法が新しく、観る者を、ズルズルと引き摺りこむ。
    心理的にゲーム者を追い込んでくる手法が優れており、かなり怖いと思う。
    夜、ひとりの部屋では、とてもできない。

    実況する「弟者」氏も、演技でなく相当に怖がっている。
    あの低く目の声が、「ヒョェーッ」と何度も裏返っていた。

    私は、このP.T.「サイレント・ヒル」を面白いと思った。
    弟者氏によれば、冒頭の紹介で、これはPS4のためのただの体験版だという。

    非常に内容のクォリティは高い。

    私の今日のブログは、ここまでが前段なのだ。

    ほんとにこのゲームから、知り得たことは、ただらならぬことだった。

    私は、このゲームの「実況」で、本編があるのかと探してみた。
    それはなく、
    別の実況者

    【実況】P.T.(サイレントヒル)がめっちゃ怖かった
    https://www.youtube.com/watch?v=nDSSFUJbXdg

    で、ハンドルネーム
    【ここはガッチマンのあれだ】氏の実況に、実は、「もの凄く痺れた」のだ。

    そのことがあって、今回、このブログをどうしても書く気になった。
    このゲームから、いくつかの学びがあったのだ。

    シーンの冒頭、【ここはガッチマンのあれだ】氏は、
    ゲームをセットアップする。


    その淡々とした声の調子や話し方などから、彼が、知的な人物だと理解した。

    ならば、上述の実況者【弟者】氏とは、
    この同じゲームを、どのように「実況の違い」で魅せてくれるのか、楽しみ半分で、
    比べてみたかったのだ。その比較は、私にとって、かなり大きな収穫を生むことになった。

    話を元に戻そう。

    (【ここはガッチマンのあれだ】氏)の最初の言葉は、

       「いきなり始まったね…」

    と、クールに感想を述べる。

    【ここはガッチマンのあれだ】氏は、
    ゲーム上に、日本語字幕が表示されるように設定していたらしい。

      「カチッ、カチッ」と、キーを叩く音で、
    しばらく設定が続く。

      「カチッ、カチッ」
      「カメラはOKと」
        「……。」
        「戻ると…」


    ここから、単調な金属のはぜる「ボワーン」という音とともにゲームが始まる。

       「なんの説明もなしに、始まるね。」  (【ここはガッチマンのあれだ】氏の声)

    ゲームの画像に、次の英語で字幕が現れる。
    日本語訳は、

      「気をつけろ、そのドアの隙間は
       分断された現実(セパレート・リアリティ)だ。」
    と。


    私は、この字幕を読んだ瞬間に、グルグルと私の思考が始まった。
    すでに「弟者」氏の実況の体験で、このゲームの内容を知っている。

    私は、パラレル・リアリティの世界の理解に足を大きく踏み入れたように感じたのだ。

    ゲームの英語字幕は、さらに私を痺れさせた。
    日本語訳は、

       「俺なのは俺だけだ。
        お前なのはお前だけか?」


    という表示がされる。何とも難解な言葉だが、グサリと私の心を突き刺した。

    【ここはガッチマンのあれだ】氏のゲーム実況は、どんどん進む。
    主人公の「私」が目覚めた部屋から、誘うようにひとりでに開かれたドアを、
    さらに大きく開けて進み出る。最初の狭い通路に出る。

    そこで、
    【ここはガッチマンのあれだ】氏のゲームの操作の仕方を同時進行で、
    確認する実況が、2〜3ある。

      「ダッシュとかは、なし…。……。あ!押し込みで、アレか…。主観というか…
       ズーム。で…。何の情報もないからね。」


    と続く。ゲームは進行している。
    この【ここはガッチマンのあれだ】氏の「何の情報もないからね。」の言葉は、

    後に、大きな意味を持つ言葉となる。

    彼自身が何気なく発した言葉だが。
    そこに重要な意味があったことを、
    彼が、気づいたか、どうかは…分からない。

    本日のブログは、思いのほか、かなり長文になったので、
    そろそろ今日の分のブログを締めくくりたい。

          …で、結論を急ごう。

    この 「P.T.(サイレントヒル)」は、
    同じ恐怖の現実がループすることによって、恐怖心を増している。

    ループする現実に、「何の情報もないからね。」が、

    恐怖の現実に陥ったときに、
    再現なく、恐怖心を煽る 
    という
    示唆を、このゲームは表現して見せた。

    私は、このゲームを考えれば考えるほど、私たちの日常とオーバーラップしていた。
    私たちの日常は、原則、恐怖心や不安を煽ることはない。

    学生なら、朝、ほぼ決まった時間に起きて、簡単な朝食を取り、いつものように、電車に乗り、学校へ行く。それなりにカリキュラムを終えて、クラブや、塾、あるいはまっすぐ家に帰るなど、
    さまざまだが、ほぼそれを繰り返す。

    勤め人も、ほぼ同様の毎日を繰り返す。だが、仔細に毎日を振り返れば、
    似ているような毎日でありながら、決して、同じではない。出会う人も、同じでありながら、
    異なる場合もある。

    パターンは無限にあり、それを私たちは体験している。

    私たちは、実はパラレルな世界を体験しているということに気付かないだろうか。

    「同じような(毎日)」という括りはできても、実は、どんな毎日も、
    昨日とまったく同じではない。全く、異なっている。絶対に違う。
    私たちの形而上学的な世界は、バリアントな空間に、パラレルな世界として、微妙に異なるシナリオの羅列を無限に秘めている。

    「P.T.(サイレントヒル)」は、小さなゲームの世界に、
    実は、
    ループする現実のモチーフを使って、パラレルな世界の概念を示唆しているのだ。

    このゲームの場合は、恐怖に舞い込んだという設定で。

    で、私の気づきは、まだ不十分だが、この本日のブログのタイトルである。
    「セパレート・リアリティ」についても、触れたいが、明日以降とさせていただきたい。


                            ――明日以降に続く。

     

     

     

     

     

     

     

     

    posted by: fukugakuru358 | 004/物理的現実と鏡 | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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