Search
Calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
MOVEコーチング 東京

世界NO1コーチ、アンソニー・ロビンズのプラチナパートナーのクリス岡崎によるコーチ認定講座です。
MOVEコーチング 大阪
MOVEコーチング 名古屋
MOVEコーチング 福岡
お通じ対策に!
Recommend
トランサーフィン鏡の「超」法則 リンゴが空へと落下する――奇跡の願望実現法 (超★スピ)
トランサーフィン鏡の「超」法則 リンゴが空へと落下する――奇跡の願望実現法 (超★スピ) (JUGEMレビュー »)
ヴァジム・ゼランド
トランサーフィン第4巻 この本の特に第2章の圧倒的な概念が、この世界は、「二元鏡」の世界であること、さらに「神々の夢見(この世)」だとする世界観によって、私たちの認識を大いに変えるだろう。
Recommend
超スピリチュアルな夢実現/幸福獲得法―振り子の法則トランサーフィン (超★スピ)
超スピリチュアルな夢実現/幸福獲得法―振り子の法則トランサーフィン (超★スピ) (JUGEMレビュー »)
ヴァジム ゼランド
第1巻で、老監視員から投げかけられたあの奇妙なメッセージ「お前さんの持っているりんごは空へ落ちていくじゃろう」(第1巻より)という謎が、この第3巻で、いよいよ明らかになる。
Recommend
「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン〈2〉魂の快/不快の選択
「願望実現の法則」リアリティ・トランサーフィン〈2〉魂の快/不快の選択 (JUGEMレビュー »)
ヴァジム・ゼランド
この2巻の主要なテーマは、”外的意図”に尽きるだろう。そして、
願望実現のためには、外的意図をどうコントロールするかだ。
そのためには、魂(潜在意識)と理性(顕在意識)の一致が不可欠であるという。
Recommend
「振り子の法則」リアリティ・トランサーフィン―幸運の波/不運の波の選択
「振り子の法則」リアリティ・トランサーフィン―幸運の波/不運の波の選択 (JUGEMレビュー »)
ヴァジム ゼランド
「トランサーフィンは、まるでスーパーマーケットで商品を選ぶように、文字通り運命を選ぶ方法である。」という。いま願望を現実化するもっとも斬新な新しい世界観を語っている。
Recommend
マスターの教え
マスターの教え (JUGEMレビュー »)
ジョン マクドナルド
この本の著者であるジョン・マクドナルド自らが、≪読者のみなさんへ≫の中で、この本には”説明の出来ない「何か」”があると云わしめるくり返し読みたくなる不思議な本。
Recommend
斎藤一人 千年たってもいい話
斎藤一人 千年たってもいい話 (JUGEMレビュー »)
斎藤一人
私がお気に入りの斎藤一人さんの音声CDがまさに、これだ。特に幸せのなり方が素晴らしい。
New Entries
Recent Comment
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
☆見ているもの
0

    ある月曜の早朝、スーパー・マーケットでの出来事だ。
    この大手スーパーでは、7時に地下の食料品売り場のみの営業が始まる。
    朝の早い勤め人たちにとって、この利便性はとてもありがたい。

    私はちょっとした買い物を済ませ、中庭の方に抜ける出口に向かおうとした。
    ふと、そちらに見える大きな柱の掲示物に注意が向いた。
    B全くらいの大きさのポスターのようなパネルだった。
    ほとんど一面が、何かのイメージの写真らしかった。

    で、当初は何気なくそこへ目がいっただけだったのだが。
    パネルのヴィジュアルにどこか奇妙なものを感じた。
    はっきり認識できないのだが、印象として
    あの有名なスヌーピーの実写版か何かのような犬の横顔のように見えていた。
    奇異だったのはその犬の表情が、とりわけ悪意を帯びておりワルなイメージ顔のような目つきに見えたのだ。

    それは、スティーブン・キングの原作「IT」を映画化したときの、
    ダーク・ヒーローの殺人ピエロが、怖い顔をして牙を向いたような表情に似て見えた。

    「何なのだろう…あれ!」

    そもそも、鮮度やさわやかさを演出する売場で。
    つまり、明るい店内の雰囲気づくりに、とりわけ心を砕いているはずの食料品売り場で、
    そんな悪意を感じるポスターがあるわけがない。
    どう考えても相応しくない。

    もちろん、私の見間違いなのだろうと、当然そう思った。
    ちょうど出口の付近にあったので、近いづいた。

    「……あぁ。」

    いまより、5−6歩、近づいただでけで、
    それが、私の云うのも憚るほどのひどい誤認だったことが分かった。

    結論から言おう。そのヴィジュアルは、透過光を背景に白アクリルの上に乗せた
    野菜が豊富にある写真のイメージで、ジャガイモやトウモロコシ、
    ホウレンソウ、ピーマンなど、それらが、適度に配置されていたもので。
    生鮮野菜のシズル効果を狙ったパネルだった。
    目のように見えたのは、実は、黒いカボチャと、ホウレンソウの根の黒い部分の一部だった。
    野菜のイメージ写真とはいえ、長期に飾ってあったためか。
    全体が青っぽく色褪せており、真ん中の白っぽい部分が顔の輪郭ように見えていたのだ。

    野菜のレイアウトの妙で、遠くからそれを見た私には、
    ある意味、ロールシャッハの何に見えるみたいなものだった。
    そして、私には
    悪意をもった「ワル」なスヌーピーのような顔のアップに見えてしまっただけだった。

    「なあーんだ。」ということだろう。
    所詮、単なる見間違えで、片づけてしまえばそれまでの話だ。

    だが私は、良い錯覚をさせてもらったと思った。
    私たちが見ている世界(物理的現実)というのは、誰にとっても、
    決して同じではないということの重要な一つになったからだ。

    これは、私自身のいまの心がフォーカスしているものを
    物理的に投影して表したものかもしれないと感じたことだ。

    その投影とは、
    今日、いつものように向かう先でのまだ起きてもいないことへの
    不安や心配、不満、ストレスなどが複雑に入り組んで、結果、
    そのパネルを見た印象の中に反映させていたのかもしれないと、ふと感じた。

    その日、幸い特別に不快な出来事はなかったが。タイムラグで、
    帳尻を合わせることになるだろうとは思っている。

    再び、午後、帰り道にそのスーパーに行ったときだ。
    早朝、入店した入り口とは、異なる。

    表玄関から地下の食料品売場に向かって、
    エスカレーターを利用した。
    そこで、今朝見たあの野菜のパネルに気づいて驚いた。
    もっとおぞましいほどの悪意に満ちたゴーストのように見えたからだ。

    「マイッタな…」とふと思った。少し病んでいるのかもしれない…。
    私には、前出したように見えた掲示物だが。
    人によっては、違う見方をしているはずだ。もっと明るいものの象徴のように見えてもいい。

    それから数日が経って、昨日だ。

    以前にも、このブログで書いたことのある、新丸子の駅から武蔵小杉の超高層マンションが見える
    その景色に、どうしても出会いたくて、駅を降り立った。
    そんな気分になったのは、
    「もったいない」と思うほど、すっきりした青空だったからだ。
    ともかく自由な空気を満喫したかった。

    その新丸子の東側で、武蔵小杉方面を見て、ふと思った。
    いま超高層マンションは見えているのだが。

    ずっと以前にこの場所へ来たときには、その風景に全く気付いていたなかったということへの
    意味を考えた。
    確かに、以前、この場に来たのは、時間帯も異なる。夜と昼の違いがあるかもしれない。
    また目的も、夜遊びのようなもので、友人と飲み歩くために来ただけだった。
    その時の私の関心事は、今とはまったく異なる。
    向けている対象のフォーカスがまるで違っていた。

    いまは、そうした状況からは大きく抜け出て、美しい風景の一つに対象が向けられている。
    その自分が、いまフォーカスするものが変わっているのだ。
    どちらが良いではなく。
    自分の思考がすでに変わっているということの証しだ。


    そして、見えるものが変わってくるということなのだろう。

    posted by: fukugakuru358 | 004/物理的現実と鏡 | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    この記事のトラックバックURL
    http://succes-fou.jugem.jp/trackback/657
    トラックバック